「朝酒ですか」 「おや、わたくしの勘違いでしたか。わたくしなら酒瓶を押っ取り、抜き足で朝焼けを求めてこの場所で地中 海の輝きを堪能しているところです。お部屋には極上のお飲み物をご用意させていただきましたからな。酒肴 を持たなくとも、早朝から働いて動き回る兵どもを見下ろすのは格別でありましょう?」猫のような髭元は愉 快そうに動き回り、ヒューマンの大公はそれをしばし眺めさせられた。 「ヒューマンの謹厳なる性質を忘れておりました。さすがは神聖皇帝の御血筋、平にご容赦を。これはわたく しどもシャーズの遊興心のせいでございますから、見知りおきいただければ恐縮にございます」シャーズの諜報 官キマールと手兵のふたりは一堂に礼をする。 謹厳と遊興と聞いた大公マクネイルの心に冷えた刃が当たる。思い浮かべるのはガイデンハイムの城。(こ の泥棒猫、我が国の内情をどれだけ知っておるか) 「お酒を携えていらっしゃらないのならまたご用意いたしましょう。まずは取り急ぎ」キマールは男の手兵を走ら せた。 「この通り軍船でもすぐ用意ができるようになっております。さあ、ふしだらなシャーズから一献お受けください。 この泥棒風情がお嫌いでしたら、女性兵士のお酌も乙なものですよ」盗賊ギルドの長がそう言うと、傍らのシ ャーズ娘もにっこり笑う。朝日のもとで細まったシャーズの瞳はヒューマンの老人にはおぞましいものだったが、モ ンスターにも美しい形を取るものはいるのだと思い起こさせられた。 「いやいや、お受けいたします」マクネイルは立ったままキマールの杯を貰った。自分の目的から話が逸れたな らそのままにしておきたい。 「乾杯! カスズとキルギルゾラリアの友好に乾杯!」「乾杯」二人は海に光の影落とす朝日に盃を掲げた。 小杯を干すと同時にがたがたと展望台に運ばれてくるものがある。「さあさあ朝餉にいたしましょう。空きっ腹 に酒が入ると、堪えます」 (手兵を増やされたか)尻尾を揺らして食卓を運び入れているのは四人。それと別に調理人のような格好の ものが一人。先程からついている女性兵士と合わせ六人。 (ピルリムの奴でもあてがうべきだったか)マクネイルの他に七人のシャーズ。芸術家気取りのひよっ子ひとりで も味方は味方と感じさせられた。 「いや芳醇な味わいですよ。最近とみに食が細くなりましたから、こうした滋養も有り難いものです」 「おお! 嬉しいことをおっしゃる! これはブルガンディギャルと言いましてな……」 「ほお、キマール殿の銘柄ではないですか。噂に聞いていますよ」 「おお、おお」髭だらけの顔がほころぶ。手応えを感じたマクネイルは密かに心中に快哉を叫ぶ。 「いや、大公にお越しいただき本当によかった。下流の者をきちんとお調べになり人を乗せる才に溢れていま す。連合の重鎮が異国の軍船に入るなど半信半疑でしたが……どうか、お許しを」キマールは深々と頭を 下げ、周囲の兵を続かせた。「表をお上げになってください」マクネイルは盃を手にしたまま、返礼として助け起 こす姿勢を取ってみせた。 キマールの猫の両の耳が上がった。「勇敢で機知に富む後ろ盾あればモルダット王子も万々歳でございま しょう。玉体のお加減はいかがなものでしょうか? 朝までお臥せりであることが多く園遊会もなかなかお開き にならぬとか。同盟国民としてすべてのシャーズは心配しておりますよ」 「……」 |
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