ブルガンディを襲ったハーピーだった。 こっちも跳ぶしかない、と判断を下して地を駆けると自分を驚かすほど飛べて、シャーズ艦隊の帆柱たちを 遥か越すほどに高く揚がり、巨大なる鳥獣モンスターに食らいつくことができた。 さらに驚かされたのはハーピーの皮の硬さだった。分厚くて、四角い。 気がついてみれば、自分の家の寝床だった。 (かっこわるい)しがみついていた寝台の角を投げる、投げたつもりでノーラは自分を跳ばした。床に落ちる前 に宙返りし、四つん這いになって着地。「んにゃあああああ」彼女は大あくびした。 「げげえ。もうこんな時間じゃにゃいかぁ」部屋は夕暮れの色に支配されていてノーラは嘆いた。しかし頭の上 の三角形ふたつをぱたぱた動かした。バルコニーに出る。屋敷の門のほうへ耳を済まし眼を凝らす。 彼女の猫の耳も、暗闇に瞳を開いた眼も、このブルガンディの山の手に向かって帰宅する人や馬を捉えな かった。 「なんだぁ、ははは」ノーラは朝焼けになる前の暗闇のなか意気揚々と水兵の服装に着替えた。 「と・と」薄暗いなかノーラは足音を控えた。しかし抗えない空腹に襲われたので彼女は足音を鳴らして厨房 へ向かうことにした。 「お早うございます、お嬢様!!」 「うへぇええええい!!」ノーラは尻尾の毛を逆立てふくらませ、涙目になって出迎えた者たちをなだめる。「そ ーだよ、お早いんだ、だから親父を起こしたら良くないだろぉ!?」 「失礼を……!」また声を揃えかけたゴブリンたちは、牙をむいた幼い主人の言うことを聞いた。 「おなか空いちゃった、なんか作って。ああ、あたい、すぐ出かけんだ」 「かしこまりました。お献立は何にいたしますか」 「へへ、朝から重たいもんがいいなぁ。遠くに遊びに行くんだ」 「かしこまりました」とゴブリン数人が調理を始めた。ノーラは食卓の部屋に向かう。 「どちらへおいでですか」と別の一人がついてきて、什器を並べながら聞いてくる。 「えっとぉ、魚釣りさ。親父にはあたしからもう言っといたかんね」ノーラは召使いからナプキンをもらって首にかけ る。 「それはそれは。また期待してもよろしゅうございますか」 「んにゃあ。だめだよ、あたいが向こうで食べちゃうからね」 「さようでございますか。では、お弁当はいらないでしょうか」 「あっあっ、作ってよ。ほらぁ、坊主になるかもしれないじゃんか。二食ぶんくらい欲しいな!」 別の召使いが前菜を携えてやってくる。「お嬢様が弱気でいらっしゃるのはお珍しいですね。今日はお控え になられては。何か不吉です」 ゴブリンは踏み台を使ってシャーズのための卓に皿を乗せた。 「あたいで占うなよぉ。この機を逃すわけにいかないんだ。えへっ」ノーラは分量の多い前菜に喜んで、その地 中海の魚介の煮こごりを口に運んだ。 「シャーズ様の眼には魚の影が見えるのですか? しかし、港にモンスターが出たばかりでございます」 「ハーピーが出たのは結構前だろぉ。尻尾の無い誰かにいいかっこされたみたいだけど、カスズから艦隊が着 いたからね、もう大丈夫さ」おお、シャルンホルスト様ばんざい、とゴブリンたちは声を小さく上げた。ノーラは前 菜を平らげ新たな皿を楽しみにしている。 「親父はもう関係ないけど関係あるかな。こないだお客がたくさん来たろ。カスズの船長たちが挨拶に来たん だ。ノーラちゃん大きくなったね〜〜と言われたって、あたいは誰が誰だかだったけどさぁ」ノーラはノルディーンの 野菜のスープに舌鼓を打った。 「そもそもどうしてブルガンディの艦隊が出かけてしまったのですか?」 「そりゃあ、大規模な漁があったからさ。クラーケンや鮫は美味いけど民間船じゃ無理だ。うまそーう」運ばれて きて最後の仕上げをされていくベング牛のステーキに心奪われてはしゃいだ。 |
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