「喧嘩や勝負や決闘とは違うんだ。大丈夫だよぉ」ノーラは既にぴょんぴょん飛び跳ねて準備運動にかかって いる。 「ドワーフに言い負かされて、悔しいんだろう」「親方に受ける意味がまったく無いですよ」「親方が負けでもし たら、お嬢様とやら、また威張りはじめますよ」 「わしが負けるなんて言うんじゃないよ」ミクの人の良さそうな笑顔が屋根の上のドワーフたちを恐縮させる。 背負った数多の武器を、ドワーフは下ろし始める。「わしが勝てばお嬢ちゃんが完全に言うことを聞いてくれ るってことさ」 「ちぇっ! あたいが勝つよ! しゃくだからやるんだ!」ミクは武器をさかしまに地面に突き立てていく。ノーラ はそのさまにドワーフの腕力――全身の膂力を感じさせられる。「受けてくれてあんがとね!」 「で、どうすれば勝ちだね。試合なら息の根を止めんでもいいんじゃろう?」 「あったり前じゃん!! えと……あたいはこれから釣りをして、じいちゃんは仕事があるわけだよ。怪我をさせ ても面白くにゃい、転んだほうの負けってのはどう。やりすぎないように、血が出たら出させたほうの負け。わざと 血を出したら、出した自分の負けってわけ」 ミクは「なるほど」と言うが屋根の上で仕事を始めていたドワーフたちが笑い出す。「結局、おれたちとの『試 合』と変わらんじゃないか」 「うっさい! やっぱりこれが一番にゃんだ!」 「ドワーフはそう転ぶもんじゃないってわけだ」準備のできたミクは重心を落とした構えになる。「シャーズのお嬢 ちゃんは手数で攻めると思うが、埒があかなくなったらどうするね」 ノーラは両脚を曲げ伸ばしして一通り体操を終えた。「すぐ朝の鐘が鳴るよ。そしたら引き分けにしよう」 「じゃあ、行くよぉ」「おう」 鐘はいつ鳴るか分からない。ドワーフのミクはシャーズのすばしこさを待ち構えようと思った。 脚に脚がぶつかる。低い飛び蹴りがミクに浴びせかけられた。しかしドワーフの脚絆はシャーズの水兵の靴を ものともしない。 「うっ!!」両の靴が飛び上がって跳ねて、ミクの大きな鼻に襲いかかってきたのだ。ミクが反射的に天を仰い で逃れようとすれば、背中の均衡を崩すしかない。ドワーフは慌てて太い脚を使って踏みとどまるが、頭が混 乱している。 ミクは、尻尾です!、というような仲間の声を聞いた。 自分の眼で見てみれば、手をつかずに地面からニ回目の蹴りを放ったノーラ嬢がいて、今度も両手を使わ ずにとんぼを切ってミクから離れていった。(意識して動かしとるのか)少女の変幻自在な茶色の尾。 ノーラは首を振った。「むずかしい……!」と試合の感想を述べ、突進してくる。 「にゃあっ!!」気合い一閃、跳んだ。高い飛び蹴り。 脚と掌。頭への攻撃を意識していたミクはノーラの右脚の蹴りを掴んでいた。ドワーフの力が敵を地面に投 げ捨てる。 「う、わぁ!!」ノーラの身体が低い高度で一回転させられた。 「む!!」ミクはもう一本の脚に襲われた。 「と、と、と!!」ノーラは身体と尾を最大限ひねり両足で地面に立つことに成功する。 「おっとっとっと」シャーズの狼狽に負けず劣らずの素頓狂な声。ノーラは魅了された。 兜が後ろ前になったミクが太いお腹を揺らし、市場の大道芸人のように踊っている。 「わは……わはは!」シャーズの令嬢は指差して笑う。 「ふう……」ミクは兜を直すことに成功した。「二段蹴り、効いたぞ」 「偶然だけどね。次は必然にしたいな!」 「上達する前に、さっきのわしに組みついて引きずり倒せば良かったんではないか?」 「あぁそっか! 上手くいったんで喜んでたよ!」シャーズの子が天を仰ぐと、ブルガンディは今日もよく晴れて いることがドワーフにも分かった。 |
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