「いいかな。隣に乗せてもらって」 (やだよ! 逃げらんないじゃないかぁ) ドワーフが後ろから歩いてくる。彼――ミクはビルを御者台のノーラに手渡そうとする。 「引き上げてくれんか」ミクは槍の柄をノーラの方へ向け、ビルの小さな穂先は短躯のドワーフの側を指してい る。 「……」少女は両手を手綱から槍へと持ち替え、小さな者を助けようと思った。 「うんぐぐぐっ!!」予想以上の疲労を支払って、ノーラはミクと馬車に同乗することに成功した。 ドワーフの全身を覆う武装の重さもさることながら、シャーズの娘はドワーフの筋肉の量を知った思いだった。 ゴブリンたちとは違う。 「舟が積んであるな」ドワーフは振り返って馬車の幌を見渡してみせる。 「がっこの朝練さ」 「釣り舟だろ」「ちぇっ」(槽がでかいから分かったのかな) 「でも、なんにでも使えるようにしてあるよ。速力だって出るんだから」 「朝から子供が一人で釣りってのかい」「一人でどうにかなったら一人でどうにかする。海軍がっこの訓練さ」 「違うんだろ」「ちぇっ」「吸ってもいいかな」ミクは懐を探りはじめた。 「やだよ。子供の前で煙管ふかすな」ミクは苦笑して探るのをやめた。 「ともかく、お父さんに相談しようか。わしは海軍じゃないのではたから見たら心配さ」 「やめてよ。親父には許可もらってんだ。がっこより遊んでろってさ」 「んな馬鹿な」シャーズの瞳は昇った陽光を受けて細くなっていた。その眼がドワーフを見つめた。少女は押し 黙って時間を進めた。 「まあ、いいさ。ここの子ではないんだしな。そうだったらうちの連中よりお父さんと喧嘩してかたを付けてそうな 気性だもんな」「ありゃ」 「お嬢ちゃんは正義感が強いんだな。わしらだって事情は分かるぞ。依頼主からゴブリンの悪口をしこたま聞か されたからな。嫌でも分かる」「ふふん」 「お嬢ちゃんを褒めてるわけじゃない。さっき、ドワーフを首にしろと言ったな」馬車の往来が始まっている。ミク はブルガンディの朝の風景を見渡してみせた。 「ここではお嬢ちゃんたちシャーズが一番偉いようだ。ゴブリンを罵るシャーズの貴族と同じくらい偉いかもしれ ん」「……あたいのは冗談だってば」 「もっと言えば、屋敷に火をつけたゴブリンたちと屋敷を直すわしら。誇りを持てるのはどちらかな」 「んぬう〜〜」 「悪いことをされたから悪いことをして返すことに誇りは持ちたくないね。シャーズの弁護士だって嘘をもとに立ち 回るのは許されんだろう?」 「さらに言うと後釜に屋敷に入ってくるゴブリンのためにもなるのさ。性悪なご主人のもとでも貧困からは逃れら れる。そうなれば下町をうろつく性悪ゴブリンも出ない」 「そんなことないって……」ノーラは自分と、シャーズの高官キマールに絡んできた物取りゴブリンのことを思い 出している。 ノーラは馬車を飛び降りた。「?」ドワーフは怪訝に見下ろす。 「頭では分かった! でも、身体が退屈だ! 試合しよう!」小さな水兵はミクを指差し、ノーラの量の多い 金髪は陽光のもと揺れてきらめく。 「なんだ、きかん坊か」「そーだよ! 貴族のわがままだ!」 |
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