馬鹿笑いしたぶん気持ちが重たくなったように感じる。 ノーラはブルガンディの鐘の音を頭の中に繰り返し響かせていた。 (引き分けなんかじゃない。あたいからふっかけたことだ。ただの負けになっちゃう)シャーズの子は背がそわそわ する。海神メーラにあらぬ方向から風を送られているみたいだった。 (あたいらしく調子に乗ってみるか? 一度上手にできたんだから、二度目もできるって……)ドワーフの強固 な兜の上からなら、力いっぱい蹴っても血を流させず倒れさせられるだろうとノーラは明るい航路を探る。 しかし、(相手は木石のかかしじゃないんだ)「敵の気持ちも考えてやれないと倒せない」これは父シャルンホ ルストや幼年学校の教師たちが異口同音に言うことであった。 いま相対しているドワーフの大親方なる敵は、ノーラから不覚を取ったことでその飛び蹴りを完全に意識して いるだろう。 ノーラは右足の感触を思い返す。力を込めた蹴りをしっかりと捕まえてきたドワーフの手を。(また地面に投 げ捨てられたらどうなる……) (う……)感情に従ってノーラの尾が振れ始めた。「気持ちを他人に見せるな」また父親たちの小言が心に蘇 る。猫人間のシャーズはその習性を隠そうとして他者をあざむくことや盗賊という職を美徳とする社会を形作 ったのかもしれない。 (オークなんかは戦いに勝つことが美徳だもん)ノーラは尻尾だけでなく猫の鳴き声もなかなか隠せないまま大 きくなった。(尻尾の技だって見られちゃってる……) 次にドワーフの脚の硬さを思い浮かべてみる。ノーラの組み手の成績は学年で一番。シャーズやヒューマン の大人に引けを取らないと自負していたし、このまま背が伸びていけば確実に強くなれると思っている。 だから、地に根を下ろすというドワーフの神通力を信じはじめ畏れている。 しかし、少女はまだ鳴らぬ鐘の音にあと押しされ踏み出した。 (じいちゃんだって顔への蹴りをこわがってるはずだ!!)ノーラはまた高く跳んで、上段の飛び蹴り。下段を狙 わなかったぶん迷いのない力が入った。 ドワーフは奇をてらわぬ二度目のやり方をしっかり左手で捕まえた。 「うにゃあお!!」ノーラが力いっぱい叫んで、二度目の二段蹴りを実現させた。 ドワーフのミクの顔つきに少し驚きが加えられ、襲いくるノーラの左脚のほうを向いて自分の右腕を差し込ん で防ぐ。二人は衝撃を共有した。 「かー!!!」ノーラは宙ぶらりんだったが、敵の意識がそれた今やるほかなかった。全身の筋と尻尾に無理 をさせて姿勢を空中でほんの少しだけ変えた。 「おっ!?」ミクの左手が中身のなくなった靴を引き抜かされドワーフの身体はたじろいだ。 「あぁぁ!」ノーラはとにかく叫んだ。ドワーフに引いてもらった右脚の反動を使って左脚をもう一段前に出す。 兜にかすかに当てられた蹴りが決め手になり倒れていくドワーフ。その情景をノーラは猫の眼にしっかりと記 憶した。 「いてててて」ミクは仰向けのまま、背や頭より左手を気遣っている。 ミクは首だけ起こした。「なるほど、シャーズはそんな靴下を履くのか」「げげげげ……」右靴を放り出したま ま立ち尽くすノーラ。指ぬき靴下から五本の指がきれいに並ぶ。 ドワーフの手にひっかき傷。 |
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