「うにゃあん! あたいの負けじゃあん!!」ノーラは天地をひっくり返した。 どう、と音を立て、負かしたと思い込んだドワーフのように地面に大の字になった。 ブルガンディ島に身を任せれば、明け方の寝台の中の気分に帰る。まぶたが落ちる。 強敵との思わぬ戦いが終わり、少女の身体にたっぷりと疲労が与えられていた。苦い思いのノーラは人の家 の庭先で眠ってしまったら楽しいだろうとさえ考えたが、地中海の陽射しは彼女の眼と口を容易に透かして令 嬢のおいたを許さなかった。 「ぎゃん!!」ノーラはカーシーのような悲鳴をあげ、顔に当てられたものを跳ね飛ばした。冷たく硬い。 「おいおい、こぼすんじゃないよ。よっこらせ」隣に腰を下ろす音。 ノーラは素早く判断して宙に舞った瓶を取る。 「あっ、ごめんごめん!」手渡してきたドワーフのひっかき傷をノーラは思い出した。「手、手拭き、どこだ」令嬢 はまごつく。 「いいさ。片手がふさがってるじゃないか。それより、早く涼しくなろう」 「ドワーフってさ、朝から飲むんだと思ってた!」「おいおい、偏見はよそうな」ノーラとミクは並んで飲んでいる。 「うまい! 味がなくて!」真水というものは奇跡の結晶だと、ノーラは運動のあといつもそう思う。 「この島の水道じゃないからな」ミクもゆっくりと顔を上下させて奇跡を味わっているようだ。ノーラはドワーフのひ げの豊かな挙動に目を奪われた。 「ああ、ガルテーの水なんだ! すごいね、氷なんて久しぶりに飲んだよ!」 「残念ながら我が国のもんじゃない。今んとこはダグデル産の氷と水のほうが安いんでな」 「そっちのほうか。今んところ?」 「ケフルがオークと同盟するために砦を贈り物にしちまったから、ブルガンディには届かなくなるだろう。回天動地 だね」ミクは瓶から口を離して一息つく。 「なんで……と言いたいとこだけれど、がっこで習った。講堂に集められて校長先生じきじきさ」 「ほう! ドワーフにそれを話していいのかな?」 「ん……。まぁ、いいよ」とノーラは白い牙を見せて笑った。 「そうか。じゃあ聞くが、校長先生のお顔はどうだった。怒っていたかね」 「あははは! やっぱり秘密にしておこうかな!」ノーラはまた笑って髪をきらめかせ、黄金のように明るい顔に なった。 「さて! ドワーフのじいちゃんに嗅ぎつけられないうちにとんずらするよ!」そう言いつつノーラは自らの上着を めくっている。「なんだい」ミクは問うた。 「氷水は高いだろぉ。あたい一人じゃ買ったことないけど。あとお医者代!」 「構わんよ、そんなもの。ああ、シャーズのお嬢様に貸しを作れるんだ、安いもんだ」 「んにゃ……。ただの通りすがりかもしんないじゃん。でかい馬車を引っ張ってさ、お手製の舟まで持ってきて。 ……はいはい! もうお仕事にけちはつけませんよーだ」ノーラは立ち上がってブルガンディの空の下で伸びを した。屋根の上ではミクの部下たちが器用に仕事をしていて、木槌や鋸の音が空を渡る。 「代わりに、ゴブリンを見かけたら優しくしてやってよ。シャーズにゃ厳しくしていい! また、あたいのただのわが ままだけど!」 「ふーむ。家に火をつけられたんだ、あの主人だって少しは召使いにびくついて暮らすようになるだろうさ。なると 思ったらいい」 「いやいや雇っていやいや雇われるなんて、わけわかんにゃい」 「互いがいなきゃ暮らしてけないってことさ。わしもはたから見ていて危なっかしいと思うが、お嬢ちゃんの姿にわ しは少し安心したな」ドワーフはシャーズの子を見上げた。 「お嬢ちゃんのおうちの召使いは皆いい子なんだな。お嬢ちゃんみたいに」 「あったりまえじゃん! 我がシャル……我が家は上から下まで一枚の帆さ!」ノーラは胸を張った。 |
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