「やはり、作りすぎてしまったでしょうか」 「いつも無理をして平らげていただき、ありがとうございます」 「また、朝までお眠りくださいませ」 「あー……」ゴブリンたちに囲まれる中、ノーラは食卓の椅子を立って歩き出した。 「もう私どもでは運べぬほど大きくなられましたから、どうか、ご足労ねがいます」ノーラは召使いたちに見送ら れていく。 「違う!! あたいは寝てにゃい、部屋に戻すなよぉ! うっ」ノーラは振り返り叫んでから眩んだ。ブルガンデ ィの昏い朝焼と、過剰に満たされた胃が少女の額に睡魔を作っていた。瞼が落ちてくる。 「あっ、旦那様が起きてこられますよ」「にゃあ!!」彼女は口を押さえつつ振り返り、ゴブリンの言葉が事実 ではなく警告にとどまっているのを確かめた。 「……シャ……シャルンホルストの家はそんじょそこらの貴族とは違うんだ。お前たちばっかり働かせとくもんか い」ノーラの睡魔は脳裏に浮かんだ父の幻影に吹き飛ばされていた。 「あたいは! きちっと! 全力で学校に……。いや、遊びに行くんだけどさぁ……全力で」 「とにかくぅ、馬車を一台持ってくかんね。あたいの船を積むんだ」 「おや!」「いつの間に作り上げられたんですか」「おめでとうございま……」 また声を揃えようとするゴブリンたちに、ノーラは両手を下げ下げして彼らを抑える仕草をした。小さな家来た ちは少女に従った。 「暇になったからね~~。出来上がりが早くなった! でも、まだ追いつけるかはわかんにゃい。とにかく、腕が はち切れるまで全力で漕ぐよ。メーラさんのご加護はどの帆にもあまねく注ぐけれど、ケフルの山並みにぶち 当たれば話は別、北上はしにくくなるわけだよ。その時が後ろをいくあたいの腕の見せどころなわけだ」頭に海 図を描いて喋り続ける令嬢の言葉に、ゴブリンたちはただ耳を傾ける仕草をした。 「と……。あたいは自慢をしすぎるのが良くにゃいとこだ……」ノーラは頭巾を押し上げる量の見事な金の髪 を梳いて頭をかいた。 「ご立派でございます」「なぁんで……」令嬢は不服げにする。 「ご自身の弱みを吐露されるのはご自慢の反対でしょう」「ふむ、ふむ」ノーラは頭巾を通した猫の耳をはため かせる。 「シャルンホルスト様のおっしゃることをよく聞いておいでです」「それって」 「ノーラ様はほんとうに自慢したがりでいらっしゃいます」ノーラの顔つきはまた苦いものになった。 「そーだよ、あたいはいい子だ。でも、不良もやりたくなっちゃった。家出してくるね」 「いってらっしゃいませ、ノーラお嬢様」いつの間にか、彼女の周りには召使いが総出になっており、小さな声で 万歳してくるのだった。ノーラは逃げ出した。 独りになったのをしっかり確認してから納屋に行き仕度を始めた。 最後まで忘れていた物がある。 (持ってかないと心配すっからね、みんなと親父が) ノーラは釣り竿を馬車に積み、馬を静かに連れてくる算段をした。 |
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