「亀じゃありませんて。これは、方陣を作る時の《ラージシールド》です。《スピア》は使いませんがね」グロールはくるりと回転して大盾を見せた。 「小川の亀にしか見えねえよ。そんな派手な色に塗りやがって」ガルーフとグロールはオークの陣中の広場にいた。 「これで何をするか、本当にお察しがつかない?」グロールはあたりを眺め渡したが、乱雑に刈り取られ、引っ込抜かれ、放り投げられて無残な土の肌をさらすエサランバルの草原では無理もないかと思った。オークが総出になって急いで自分たちの陣営を築き上げた結果であり、打ち捨てられた大量の草花はこれから大量の飯を焚くのに役立つことだろう。 「ふん……」ガルーフは腕を組んだ。「ところですごい人手だなあ」 「ええ! もう方々の部将が寄越してくれたんですから! 全員あっしの注文通りの盾付きですよ! すごいでしょ」グロールのオークの頬が一層緩んだ。 「ふん」ガルーフは眉をしかめたが、終わりが見えないほどの行列を作る兵士というのはいつ見ても圧巻である。自分のこれまで手にしたペイカ銅貨などはすぐ数え終わってしまう。「やっぱり良かったじゃないか。大出世だ」 グロールは聞いた途端まなじりを吊り上げた。「全くやりづらいな」ガルーフは目をそむけつつ苦笑する。 「念のため祝福も与えてもらいたかったんですけど、これほど兵隊がもらえるとは思ってなかったんです」 「金がかかってしょうがないからな」「金ですって、ご冗談」はははとグロールは声を立てた。 「そういえば神官のじいさん、全く捕まらんな。これからたっぷり死人が出るから忙しいんだ」「しーっ! 不謹慎な! 違いますよ、怪我」 「しっ!」ガルーフがグロールの言を押しとどめた。豚の耳をそばだてる。こだまが聞こえる。いや、それぞれ声色が違った。 「襲だ……敵襲だ、敵襲だ、敵襲だ!!」オークの陣の空気は塗り替えられたように変化した。 「わっ」「なんですって! 早い!」さすがに二人も驚いた。騒然と動き始めたオーク軍の中で、ガルーフとグロールの部隊だけが取り残されたようになっている。 「早くしなきゃお前にやられちまうからな」「まだちゃんと言い含めてないのに!」あちこちで何事か言葉が飛び交い始めた。 「おい、しっかりしろ。しょうがねえだろ」「何から始めたらいいんでしたっけ。ああもう」グロールは顔を覆い始めた。 そうこうしている間もなく馬はやって来た。「うわあ!!」二人は飛び上がった。 「早く迎撃しろ! ガーグレン将軍のお達しだぞ。じゃあ将軍に報告しに帰るからな! ヴォラー!」一騎の武者は手早く駆け去った。 「グ、グルルフかよ。向こうから来てあっちへ帰るだって?」どのオークも右往左往している。駆けずりまわるのが仕事のようだ。 「いいから戦いに行こうぜ。助太刀してやるから」今度は顔の汗をぬぐい始めたグロールに、ガルーフは不意討ちを仕掛ける。 「ひっ」ぐっと足を踏まれたグロールは目を覚ました。「ああはい……じゃこれ、持ってもらえますか」 「落ち着けよ、馬を借りればいいじゃないか」大盾の端をよこされてガルーフは言った。 「馬は使いません、徒歩で挑みます」 「エルフはドラゴンを馬にしてるんだろ!? 踏みつぷされるだけだぜ」 「いいから戦いに行きましょうや。えっさ、ほいさ」「えっさ、ほいさ」ガルーフは仕方なくグロールの後についた。 オークの迎撃隊の行進が始まった。後ろに続く地響きに振り返ると重い盾を背負わされたグロールの兵士のあえぐ姿ばかり目に入る。ガルーフは思わず鼻を鳴らした。 陣中は熱病のような喧騒に放り込まれていたが、それでも敵が来た割には剣戟の響きも体に感じられないと思っているうち、軍門まで無事にたどり着いた。 一騎だ、一騎だと盛んに声がする。「敵は一人?」グロールは部下に命じて大規模な人払いを行う。 遠眼鏡を使うとごく遠目にエルフの騎馬隊は見えるのだが、進み出している一人の人物に目がいく。 薄い着物の間にのぞく腹はオークからすればへこんでいるほどで、豊かで長い髪を湛えた頭には鮮やかな花々を飾る。 エサランバルのナーダであった。 |
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