矢は板を叩いて刺さった。きつつきの立てるような良い音がひとつだけ広場に響いた。手は矢をつかみ力を込めて引き抜いた。 「ギュンターの報告だ。北に大混雑発生。ヒューマンの軍はオークを追い越しつつあり、オークどもは明確に速度を緩める」 「オークとヒューマンは二手にわかれ、この母なるエサランバルを北と西から噛み合わせようとしているのだ。まさしくエルサイス大将の読み通り」ダムドの声は広場によく通る。 「司令の深慮より先に短命どもの浅慮が目につくのは致し方ない。馬鹿馬鹿しいほどだがこれが現実である」 「くす」ダムドの演説は一人のエルフを笑わせた。 「シグルドよ、俺は冗句じゃなく現実と言ったんだ。お前が手柄を立てられないのは周りの連中を楽しませたいからか?」草むらにめいめい腰を下ろして話を聞いていたエルフたちは美しい声でさざめいた。「ごっごっごめん」豊かな巻き毛の下に幼い少年のような顔貌を湛えたエルフは頬を薔薇のようにした。 「寝てないよ!」 見りゃわかる、とシグルドに向かって言う途中ダムドは気づいた。シグルドの影が離れて二人になった。人影は音を立てて転がった。シグルドと背中合わせだったらしい影はしばらく寝そべった。痛みを味わっているらしい。 「目が覚めた! 危ないじゃない!」ピンクの人影は素早く向き直った。雑草をかぶったロリエーンの姿をダムドはしばらく眺めた。「……」 「あっあっ! なにその舌打ち! ダムドったら子供みたい! ……お兄ちゃんてば!」 「あのな」ダムドは口を開こうとしたが、かたわらでずっと沈黙直立していたサーラが前に出た。 ロリエーンは身構えた。「まーたお小言。ばれないと思ってたのに!」 サーラは腕を組んだ。「怒ったりしないわよ。手柄のない平の突撃兵さんなんて作戦会議に必要ないもの。なんでいるの」 「サーラが書庫を連れ回すからでしょ! オークの調べがついたら寝てもいい? 書庫で寝たら怒るわよ、って言ったじゃない! ロリちゃん寝ながらついてきちゃったのよ! 天国を歩いてるみたいに気持ち良かった!」 「眠れるくらい退屈だったわよね。オークの諸将の名なんてほとんど文献に残らないのよ。いつもヒューマンの大勝に終わるのだから記録の必要がないのね」 「命が残らんというわけだ。ガーグレン将軍程度だな、弓隊長の耳にも評判が届いているのは」騎兵隊長ダムドは傍らの妹をうながす。ナーダは立ち上がった。 「いかにもな武者と聞いたから正攻法と搦手、どちらも有効だと思う。臨機応変に切り替えて立ち向かうべきね……余裕があれば。突撃は要注意」ナーダは自分と会議場の皆に向かってゆっくりと言う。 「つまりぃ、皆で時間の無駄だって言ってるわけか。ロリちゃんなんのためにご本をひっくり返してたのよ?」 「頼まれないのに偵察に出かけて行った誰かさんのためよ」サーラは言った。 |
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