そっぽを向いた姉に崖下のメナンドーサはぎくりとしたが、イフィーヌはつがえる矢をモンスターにはたき落とされないことだけ考えていた。 イフィーヌは大弓からなんなく矢を放って、なんなく矢は地に刺さった。鏃にゆらめいていた強く赤い輝きはベングの油に濡れた地面をたどって真っ赤に広がってゆく。 ベングの油。ウルフレンド大陸最南の砂漠から採れて、燃える水と呼ばれるものである。 火と戦いの神バランの赤い力が一瞬にして眼下を染め上げて、命綱にぶら下がったままのメナンドーサが短く悲鳴を上げた。身体は恐怖に凍りそうだが、力を奮って崖に一蹴り入れた。 崖下にとにかく熱が溜まっている。メナンドーサの黒い地肌が下から煽られて暑い。上には姉の垂らした油の道筋が続いて恐ろしい。綺麗にできた炎の階段を通るわけには絶対いかない。 そこへ眼上から一声あって、手中の綱にメナンドーサを助ける力が加わった。メナンドーサは安堵の息をついて、その身体をほんの一瞬だが姉に預けた。 そして妹は振り返って、「やったあ! あたしをかじろうとしたからだよ!」炎に巻かれている魔獣の、恐ろしげで哀れな姿をわざわざ見ようとする。 ところが炎の苦痛が悪魔の猟犬に異様な力を与えていた。その心は黒く燃え上がる。 ブラック・ハウンドは跳んだ。幼い戦士姉妹の予測を遥かに超えて。 メナンドーサの気勢は一瞬で消し飛んだ。身体は硬直した。冷たい息を吐きながら懸命に全身に言うことを聞かせようとする。 イフィーヌは綱から手を放し、魔獣へ向かって弓を操ろうとする。(矢を直接当ててやる) そこで妹が矢の進路を塞いだ。イフィーヌは怒鳴った。 「助けて! いたた!」メナンドーサは綱に振り回されいた。四苦八苦である。 妹に対して空中で静止しろとはさすがに言えぬイフィーヌだった。 ブラック・ハウンドは真っ赤に染まり、その前肢で憎きヒューマンの少女をかき抱こうと狂気の手ぐすねを引いている。 場は混乱に満ちている。 「もうちょっと! もうちょっと! 引き上げて!!」メナンドーサは恐怖に耐えかねており、イフィーヌは弓矢を引っ込めて手を伸ばさざるを得ない。 「あ!!」メナンドーサが姿勢を崩して落下する。 「この、馬鹿!!」イフィーヌは考える間もなく妹を捕まえた。代わりに奈落へ消えるエルフの弓矢を気遣う時間はなかった。 |
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