「早く、早く、お願い!」メナンドーサは天にわめいた。 「今やったらあんたも死ぬじゃないか」上のイフィーヌは返答した。妹こそ早くしろと思っている。 メナンドーサは綱をつかんで必死にもがくが、ベングの油は金属の具足をしとどに濡らしているのだ。メナンドーサのさらに下からは困惑を湛えた吠え声がする。(ワンちゃんと同じになってるねぇ……) 「飛んで来な、メナンドーサ」 メナンドーサは集中して一蹴り放ち、油まみれの崖から離れた。小さな女の子は次から腕力で身体を支えなくてはならない。 妹が崖を蹴ったのを見届けるとイフィーヌはすぐさま準備にかかった。蹴りの音は連続しているので妹は必死に、順調に登ってくるものと考えておく。具足と崖が激しく打ち合う音はまさに火種であったが、無為に妹の身を案じても仕方がない。 さて、地面に打ち込まれていた鏃は、綱をたぐり始めたメナンドーサによって抜けて、ひゅっと宙へ飛んでいった。それはブラック・ハウンドの注意を引く。反射的に触れてみたくなって前足を差し伸ばしながら獣は理解する。獲物に繋がるこの綱を襲えばいいのだ。 「うわっ!!」命綱が唐突に化けた。異常に硬直した綱の感触でメナンドーサも理解させられることがあった。吸い寄せられるような不自然な力がこもっている。綱はおそらくブラック・ハウンドの口で捕まえられているのだ。自分の腕力ではこれ以上綱を動かせないと理解してメナンドーサの双眸がみるみる潤んだ。 「助けて! 助けて! お姉えええ!!」日常、家族からたしなめられるほど意外な酷薄さを持つ女の子は声を限りにした。 「しょうがない、射るよ! 急いで上がれ!」姉は舌打ちとともに現れた。再び構える大弓の鏃は炎の強く明るい輝きをまとっていた。 |
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