モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

11.遅き晩餐



 シャットは、学校の塀から落ちた時の記憶をたぐり寄せている。怪我はその場で癒えた。しかし今にして思う
のは、回復代は誰が支払ったのかということだ。思いはしたが考えたいことではなかった。

「ひゃ〜〜っ気持ちいい!」目の前の軍人見習いの少女がフィンガーボウルを楽しく使っていた。

 ノーラは椀から両手を引き上げ満足げに眺める。その笑顔と同様に手指も屈託のない赤子のようになって
いるのだろう。

「ほら使え」少女がシャットに椀を差し出す。器に満たされた液体が酒場の中で暗く揺れた。

「きったねえなあ」少年が率直な感想を漏らすとノーラはただちにへそを曲げる。

「しっかりした《ポーション》だぞ。かさぶただって綺麗になら!」

 シャットは閉口させられた。「うっ、余計なこと言うんじゃねぇよ。……ちぇっ、恩着せがましく使わせて、またあ
とで何かしろって言うつもりなら『シャットさん、どうぞ足からおゆすぎください』だろ」

「いいから足に使えって言ってんの。あたいは両手に大怪我で、お前は裸足で歩いてここまですりむいてきた。
使う順序はこれで正解って言ってんだ」

 ノーラは椀を床に置いた。「ほら! 中身は見んな、薄暗いんだからな!」

 シャットは不承不承フィンガーボウルに両足を漬けた。「……。……」

「へっ! 気持ち良さそうな顔がよく見えら!」ノーラはまた笑顔に戻った。

「さあ〜〜お手々も洗ったことだし、お食事いたしましょうかあ!」ノーラは店主ティアラの運んでくる第二の皿
を迎えた。

「んん? お皿が一つ」ノーラは何度も料理皿を眺め渡した。「というより、すげえ山盛り」シャットは見上げ
た。

「こ、こんなに頼んでないよ」ノーラはパスタの山から顔をどかしてティアラに問う。

「あら、皿をまとめてごまかしたんだけどばれちゃったかい。あたしのおごりさ」

「にゃんだよお。そうか、あたいにまた恩を売ろうってんだな」

「長旅してきてお蕎麦だけじゃお腹すいちまうだろ。疲れた時は腹一杯食べて寝るのが一番さ」

「太っちゃうよ」ノーラは酒場の主人のお腹を眺めた。

「ずるいなあ、持ってきたものを食べちゃだめだなんて言えっこない」ノーラとシャットは山になっているパスタに視
線を吸い寄せられてたまらないようだ。トング麦から作られて美しい色に茹で上がった麺、その上には様々な
魚介と肉がぶつ切りに添えられ、食欲をそそる色と香りの掛け汁がたぽたぽ大量にまぶされている。

「我慢できない、食べよう食べよう!」ノーラはフォークを手に取り山を突き崩しにかかった。シャットもまた矢も
楯もたまらなかった。

 二人は麺を熱い油と一緒に喉へ流し込み、ときどき探り当てる具材に舌鼓を打った。島の貴重な真水は
コップから二人の若きシャーズの喉を潤し胃へ落ちていった。

 シャットは手を止めるほかなくなった。膨らんで苦しい自分の腹に命じられたのだ。少年は眼を閉じきつい幸
福感をなんとか御しようとした。

「あたいがご飯を残すとは、不覚! 余した分は包んでくれていい?」ノーラがティアラに訊いている。

「いいけど、悪くならないかい」「ちょっと足しになるだけで助かるんだ」シャットの猫の耳にそんな会話が入ってく
る。

「あんがとさんっ」ノーラが蕎麦の包みを受け取ったようだ。

「さて、商談を始めようかな! へへ、おばちゃん、驚いてるなよ、恩は素早く返しとかないとね!」思わずシャ
ットも眼を開ける。