「けむいな」「あっこにしよう」夜更けにしては着席している客は多かったが、窓際に座ることはできた。二人の シャーズの子は兵隊たちが他に愉しみなく吸う煙とあちこちのろうそくが吐き出す煙に燻製にされていった。 「開けちゃえ」ノーラが突上げ窓を開いて棒を立てかけた。シャットはその窓に自分の胴を通すのは無理だと 判じ、店の中へ目を注ぐことにした。 精悍なシャーズ軍人らは珍しい客を咎めるでもなく、声を潜めて飲み仲間と言葉を交わしたり料理や酒瓶 と対峙している。 シャットは安堵したが、(外で夢の世界にいるお仲間を気遣ったり怖がったりしてやがんのか)と考え自分を 一段上に置こうとした。 「こんばんは、珍しいお客さんたち。お父さんに連れてきてもらったのかな?」少年が見上げるとシャーズ女の 給仕だった。 「ああ、そーそー! そうなんだよ!」(食いつくなよ、かえって怪しまれるだろうが! 調子がよくてやかましい 姉ちゃんだ) 「かけつけ、《ポーション》ちょうだい!」「なぁに? 冷やかし?」器量のよい娘の眉が歪んだ。 ノーラは手を振った。「お代はちゃんと払うってば! そこらの飯屋なら冷やかしだけど、こういうところには備え があるでしょ! 言い値でいいからさ!」給仕の娘は首をかしげながら厨房へ戻っていった。 「綺麗な給仕ばっかだな。姉ちゃんよりな」「なんだい、興味ないとか言っといて。やだやだ、男子はやだねー」 「さあて、なんでも注文していいぞ! 連れ回し放題して悪いと思ってんだ、あたい」 「へえ……珍しく甘いこと言うじゃねえか。また無理難題に変わったりしねえだろうな」 「馬鹿言うな。無一文でおうちも遥か彼方のがきんちょにゃあ意地悪のしようがないよ」 「そうか。じゃあ遠慮なく頼むぜ」シャットは品書きに没頭する。 「おう頼め。なんでも一緒に食ってやる」 しばらく時間が過ぎた。「にゃんだよぉ、あたいをへとへとにさせんな。あ、もしかして字が読めないのか。教え てくんない安い学校か?」 「よ……読めるさ。馬鹿にすんなよ」 ノーラは素早く品書きを取り上げた。「じゃあ意味がわかんないんだ! 任せな」ノーラは品書きに指を当て 星明かりに照らし合わせていった。 「ふんふん、やっぱりこういうとこでも美味しそうなもん食べてんだね。軍隊は食べる、寝るくらいが趣味なんだ」 「じゃあ姉ちゃんに任せてやる。姉ちゃんが普段食ってるもんにしたいや」 「はっ、上手いこと言いやがるね。よしよし、お姉ちゃんに任せとけ。うん、あるね。上等上等」 しばらく時間が過ぎた。「あるんなら早く注文してくれよ。なんだよ」 「蕎麦二丁ちょーだーい!!」給仕の去っていった方へノーラが声を投げかけた。そしてシャットの顔を見咎め る。 「なんだよ! 貴族は蕎麦食わないとでも思ってたのか。いっぺんに色んなもんが口に入れられるから軍隊に も適してんだぞ」 「なんも言ってねえよ」 「だあってさぁ、《ポーション》に大枚はいちまったらご飯を切り詰めなきゃね。しなきゃ逆に海の上で飢え死に だ。見なよ、これ」 「飯の前にそんなもん見せんなよ。痛くねえのか」ノーラから差し出された両手のひらにシャットは顔をしかめ た。小舟を必死に操った手。 「全然。うまく固まってんだな。だから万が一のことを考えるのが癪にゃんだ。そうだ、お前もさっき飛び下りて足 を擦ったろう。あたいの残り湯を使わせてやるよ」「後かよ」 「あれっ、ぶっといおばさんが来るぜ」「ふーん、のぼせてるシャット君に気を使ってくれるなんていいお店だね。 しかもお料理をすぐに持ってきて戦えるようにしてくれる」ノーラは暇つぶしに品書きを読んだままにして、手の 届かぬものたちに思いを馳せている。 「あれー、やっぱりノーラちゃんじゃないかい!!」 |
|