「いい加減なこと言うにゃ、左舷六度だぞ」 「一度しか違わねえじゃないかよ。じゃあ、もう通り過ぎてったから左舷百七十度か」ノーラが櫂でつついたので 遠ざかっていく岩礁を少年は指差した。 「……あたり」「しかしうめぇもんだな。次々出てくる岩を喋りながらでもちゃんと避けていきやがる」 「へへ、まかしとけ」ノーラは櫂を岩と海に交互に突っ込んでは舟を進めていく。 「人のことかつぎやがって。やっぱりでかい島があるんだろ。岩が増えてくのはどんどん浅くなってるってことだ」 「ちぇっ、本当に頭が回りやがんの」ノーラは力を入れて海を漕いだ。 「お宝かなにかはわかんねえけど、姉ちゃんはなにかが欲しくってオレを連れて行くんだろう?」シャットは鼻をす すった。白い霧を吸っていると風の中で溺れそうに思えてくる。 「あるよお? お宝がたんまりいっぱいね」 「なんだよその投げやりな言い方。やっぱり嘘くせえや。そんなのがあればとっくにうちの国の世界一の海軍が 押さえてるさ。無事なのはオレのお宝くらいのもん」 「けっ。なにがお前の国だよ。世界の上にお前を置くんじゃない」ノーラはふところのシャットの財産を探った。エ リアルの実。 シャットは肩をすくめた。「うー、寒い、寒い」 「こら、ごまかすな。いや、それもそうか」ノーラもまた肌にうっすら汗をかいているようなものだった。白く冷たい 霧に身を置いていれば二人ともそうなる。「待ってろ」ノーラは大股で後ろの槽に取りついた。片手に櫂を抱え つつさっさと開ける。 「待たせたにゃ」少女は水着の少年のために毛布を持ってきた。 「姉ちゃん、なんでも持ってんだなあ……」 「なに言ってんだ、準備しないで海に出かける奴があるかい。まあ金持ちだかんね、へへへへへ。……あっそう だ!! 優しくしてる場合じゃなかった!!」また槽へ駆け戻った。 ノーラが急いで取り出したのはカンテラであった。 「……?」頭まで毛布をかぶったシャットは中で怪訝な顔をしている。ランタンは大きく、夜のブルガンディの往 来に使うたぐいのものではない。夜目の利く少年は考えあぐねた。 「なんだよ。高かったんだぞ。しょうがにゃいだろ、これが無いと撃たれっちゃうんだから」少女は遮光扉を開く。 予想していたより心もとない光が漏れた。ノーラは舳先に向かって歩いて頼りない光源をそこへ置いた。 シャットの顔はますます怪訝になって少女の後をついてゆく。舟の行く先を青白い光が暗く照らしてしかも奇 妙にたゆたうのである。 「落っことしたり落っこちるんじゃないぞ、こら」シャットはランタンの向く側へ回り込んでみた。 ランタンには細い柱がいくつも下りていて小さな檻のような作りで、光が暗いのはなるほどそのせいかと少年 は思う。 しかし逃さないための檻であった。 「ははは! 洒落かい。舟幽霊が幽霊にたまげてら。ははは」中のウィル・ウィスプの姿に仰天した毛布のシャ ットをノーラは指差して笑う。 |
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