「姉ちゃんは本当に顔が広いな。今度は誰だい」自らに注がれる視線に対抗しつつ、シャットは言う。 太ったシャーズ女の、長年いろんなものを吸い込んで大きくなったような瞳、夜のシャーズの瞳が年若きシ ャットをも呑もうとしていた。 「ティアラのおばちゃんさ……。海軍にものを売るくらいの商いをしててさ、うちとも取り引きしてる。お前も仲良 くなっといたら得かもね」 「へーえ。元手がかかりそうだな」女をシャットは眺め返した。身体には余裕たっぷりに脂がつき、頭髪は形よく ちぢれてまとめられている。(オレの身代なんて美容代にもならねえんだろうな) 「ノーラちゃん、驚かないのかい。この島に店を構えたおばちゃんをさ」貫禄の体躯を持つシャーズの女は言 う。 「ん……別の島だっけ」ノーラは自らの記憶をたぐっているようだった。「あたいへとへとでさ。驚く力がないの」 「あれえ? ちょっと前に、大陸の南街道を通るって言ってたよね。なんで地中海にいるのさ」 「おお、ちょっと驚いたね。もっと驚くといいよ。荷物をベング街道でなくしちゃったからさ、この店に集金にやって 来たってわけ」 「ふうん、遭難しちゃったのか。売子に当たり散らすのはもうやめたほうがいーよ」 「いやだね! ノーラちゃんじゃあるまいし。遭難も遭難、ゴーレムに立ち向かう大遭難さ。でもお姫様を助け られたんだから余りあるってもんだ!!」脂を湛えたティアラの顔が夜の店の中で一層つやつやしてシャットには 見えた。 「にゃっはっはっ、嘘つけぇ。見ず知らずの坊やがいるからって、はりきっていんちき話かい」シャットはノーラに指 差された。「おっと、嘘じゃないって言うつもりなら、どの国のどの種族のお姫様なのかくらい喋ってほしいや」 「そ……そんなの機密に決まってるじゃないか」 「ははは! 久しぶりにおばちゃんとやり合って目が覚めたよ!」そしてノーラはシャットに(気をつけな)とわざと らしい小声でささやいた。 「やれやれ、驚かないんだから。おばちゃんは驚きっぱなしさ。ノーラちゃんが長旅のうえ夜更かししてやってき て、奥様はもう一人お産みになったときた。気のつく弟さんだね」 「冗談じゃにゃいよ!! こいつは見ず知らずだってぇの! 初めて会ったんだよ。やだやだ……」ノーラは品書 きを団扇みたいに使い始めた。店内を満たすがごとき紫煙。少女は自分にまとわろうとするものをどかそうと限 りない戦いを演じている。 「おやそうかい。よく見たらちっとも似てなかった。あたしに失礼な口を利くはずがないよね」「ちっ」ティアラの声 色が変わったのでシャットは面白くなく思った。 「おばちゃんはね、ノーラちゃんが寂しくなくなって良かったねえとつい勘違いしてしまったのさ」ノーラへ話す声は 変わらない。 「ん……?」ノーラは自身を扇ぎ続ける。 「やだね、妹さんだよ! ノーラちゃんは意外に冷たいんだから」 「あ? あ、ああ! それこそ、ちっちゃい頃に別れたっきりだもん! 互いに一人なのが当たり前にゃんだ、ち ゃんと寂しくしろってのが無理な話!」 (妹がいるのか。一人っ子のわがままお嬢だとばかり思ってたぜ)品書きは一層強く振られている。 「じゃあそっちの話は置いといてあげるよ。この子はなんなんだい。旦那様の怒りを買うようなことしちゃいないだ ろうね」ティアラの興味と視線は再びシャットに向いた。 「あ……あたいがそんな危ないことしますかっての。そうだ、父ちゃんならむしろ褒めてくれることかも。こいつは あたいのお供、従者さ! へへへ、ねえ!」ノーラが調子よく少年の顔を覗き込む。 「水着の従者ねえ。まあいいか、ほら、注文の品、まず一丁」ティアラは瓶と椀を二人の卓に乗せた。 「ちぇっ。あたいがすっかり忘れてるうちに傷が膿んだら、それこそ父ちゃんがせっかく建てたお店だって潰しちゃう ぞ」ノーラは傷ついた手でこともなげに《ポーション》を取る。 |
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