「なんだい、これ」シャットは尖塔を見上げる。夜の空に吸い込まれるように伸びている。 「さっきあたいが崖の上の見張りさんと連絡をとったろう。哨戒任務の話もしたね。島の中でもそれをやってるっ てわけさ。んで、お前にも見渡してほしいわけだ」 「言いたいこたわかったよ。でもな」塔の様子を確認してシャットはノーラの顔を見た。梯子が一つ備えつけら れていた。塔とともに空へ延々と続いている。 「そりゃ、あたいが昇るより安全だもの。んな顔すんな、あたいの身かわいさで言ってんじゃない。シーフに比べ たら水兵はのろまだって認めてやってんの」 「まあ……学校で『お前は未熟なんだからやめとけ、シャット』って言われるよりましだと思っとく」言いつつシャッ トは尖塔を素早く昇っていった。 「へっへっ」ノーラは笑って見送ったものの、昇る少年の水着の腰は夜空にどんどん小さくなっていき、少女の 肝は冷えていった。 (ひゃ〜〜、落ちてきても受け止められないぞ) 少年ははたして落ちてきた。 ノーラは自分の悪い予測があっさり当たったことと、自分が前へ踏み出しても巻き添えになるだけなこと、そ れでも当たって砕けたいこと。頭の中は渦潮みたいになった。 一瞬は通り過ぎるみたいに終わって、少年は着地した。 「うぎゃあああっ!!」シャーズの少女は理解が追いつかなくなって吠えた。 「いってえっ」シャットは片足ずつ上げ下げしている。強い衝撃の伝わった素足が腫れを起こしたようだ。 「な、なんだよっ、お前、近所迷惑だろぉっ」ノーラは落下物を責め立てた。 「なんだよ。驚かしたか?」 「だ、だいじょぶか、裸足で飛び下りて。地面になにかあったら、怪我がなくっても強縮になっちゃうんだぞ」 「そういうものが無いか確かめてから昇るもんだって教わったぜ。姉ちゃん知らねえのか」 「し……知ってるさ。自分は何もできなくたっていい、部下ができることを知っていればいいのだってがっこのせ んせに教わったぞ」 「あたいはなんでも知ってんだから。勉強だってけっこ出来んだぞ」「だから会ったばかりだって言ってんだろ。こっ ちだぜ」シャットはさっさと歩き出した。 「にゃんだっけ。あっお宿か!」ノーラは意気揚々と後に続いた。 「堂々とするんじゃないのかよ」 「だってさあ、子供の入っちゃいけないお店だったらどーすんの。シャット君は困るし責任はあたいのところへ押 しかけてくるんだぞ」派手な看板のもと、ノーラは木の扉に張りついていた。 石造りの壁に木製の窓がいくつか並んでいたが、全てぴたりと閉じて灯りと物音を暗い外に逃さぬようにして いるようだった。 「腹の具合にゃ代えられねえよ」「おぉい!」シャットはノーラと扉の間にするりと入ってさっと開けた。 「うわっ……と」シャットはたじろぐ。鋭い視線が興味を湛えていっぺんに自分に注がれたからである。(全員軍 人か……)彼ら、彼女らの手元に酒瓶や食器があるのが分かる。薄暗い室内を燭台や煙草の灯が照らし て軍人たちの汚れているはずの手元を白く見せて少年に印象づけていた。 「あたいらは背が低いだけですよー。へへへへ……」背後のノーラとともに顔に愛想笑いを貼りつけて席を探し た。 |
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