「今日は絶対に手を出すな」 「分かってるよ」紫髪の女は言葉を返す。 「じゃあ聞くが、やり合うことになったらどうする」陰の中、深くかぶった頭巾の男は問う。 「……手を出すなって言うなら逃げるしかないじゃない?」アンジェリカはこう言うほかないと思った。 「先方も逃げるだろうな。そしてここへは二度と近寄らない。俺たちは成功しない」ゴランは言う。 ここは闇神ゾールと光の子の闘争を描いた書画のはるか真下。 「……」「やり合うことになったら、じゃなくそんなことにさせるなということさ。絶対に」 「分かってるよ。先生にはずっと従ってるだろ? あたしゃ素人なんだ」 「夜の公園でうかつに声で伝えられるわけがないだろ。頼むぜ、歴戦の冒険者さん」 「失敗したらあたしらどうなんの?」 「どうなる、じゃなくあんたの首を《ミラージュ》に差し出して俺の命乞いをしてくれたらありがたいね」 「あの幽霊みたいな依頼人か……」アンジェリカは墓場の地下を思い出す。「はいはい、成功させるしかないってことね」女は話し相手から視線をそらした。 「メアリちゃん、本当にいないね」この崖のうろにまったく人の気配はなかった。 「ああ。あいつがそこかしこに埋めていた財産が綺麗になくなってる。二度とここへは戻るまい。あいつの邪魔がないかと思うと少し胸がすく」 「メアリちゃん、意外に力持ちなんだ」「貧乏人の根性や、とでも言うだろうな」 「逃げてくれたならいいや。洒落にならないからね。ふう……」アンジェリカは額に手をやり、そのまま豊かな自らの後ろ髪まで撫でつけた。 「こちらが奴らを見張るんだ。少し気楽になっていい」 「どうしろってのよ」「吹き矢の腕前は見せてもらった」 「……ねぇ、見張るといえば、第三者が来たらどうすんの」 ゴランはしばらく無言で懐を探り煙管を取り出し火をつけた。闇のしじまに一粒の灯りがともる。 「昼間から警戒してるでしょ、あんた」 「してる。しかし、仕事の邪魔はしてこないだろう。する必要があればとっくにやっているはずだ。こちらを把握しているのならな」 「そっか。じゃあ行こうか」「おう」互いに手を差し出す。 鍛え上げた者同士の手が恋人を装う。 |
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