モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

3.変転



わずかな光は狩るものと狩られるものを同じく明らかにする。ゾールと光の子のお膝元に整然と備え付けられた夜の公園の燭台たち。ゴランは灯りの温かみと抱いている女の肌に寒気を覚えた。

『……ずっとここへ呼びつけるつもり?』

「何」

「あたしじゃない。あの女がそう言ったんだ」

「よく聞こえるな。だが聞くな」

 ゴランとアンジェリカの視線の焦点で男が頭巾を取った。整えられてゆるく波打つ長い髪、鼻の下で左右に分かれた短い髭。青白き月ブルガンドの光の下、標的の絵姿から逆に引き写されたかのような面持ちが二人の眼にすべり込むように入ってくる。

 その人品卑しからぬ口唇は動き始めた。

(……まだ長いのに君は毎日そう言う)ゴランもつられて《読唇術》を働かせていた。こういう稼業のこんな局面には役立つからだと今更思った。彼の下で肌を合わせる歴戦の冒険者は頼みもしないのに向こうの女の言葉をひそひそ伝えてくる。

 ゴランは不意にゾールと光の子の姿を思い出す。

 闇に取り囲まれる今このとき、彼らと彼女らの絵姿はどこにあるかわからない。しかし非常な存在感となってゴランの心に迫る。

 いま彼の抱くアンジェリカは昼間に信仰心を明らかにしていた気がする。

 そして標的たちの言葉を口にする余計な真似。

 偽りの恋人たちに時折吹きつける冷風はこちらが風下という証ではあるのだが、(この女、仕事の理由を探しているのか?)

 なぜ、遠い地くんだりでこそこそと命をかけることになったのか。素人の陥る境地だ。それをやわらげたい思いも生半でしかない。

『……せこい気持ち、嫌いなんだけど』《読唇術》の結果とだいたい同じであった。女の髪はブルガンドの月光と入り混じって暗い色になっている。

『いつも頭巾を取ってみせるのよね、まるでちゃんと聞いてるみたいに)

 女が不意に男に頭巾をかぶせた。「おおっとぉ」女と男の顔が重なったのでアンジェリカが小さく素頓狂な声を上げる。

 と、公園を夜の一風が見舞う。風を受けたのに熱がこもる。ゴランは自らの頭巾の中に奇妙な感覚を受けた。

――燭台の炎がこぼれていた。「うわっ!! たっ」強風なぞで事故を起こすようなことがあるはずがない。ゴランの思考は理不尽さに乱れてただ炎を恐れた。草むらに燃え移るでもなく一筋の赤さがこちらへやってくるのだから。

『なっ…なんだよ』下のアンジェリカは怪訝な声を出す。上のゴランが離れたのを芝居の一環と思っているようだ。

「あっ! まずい!」彼女に炎は目に入っていないらしく標的の男のいた場所を寝そべったまままだ見据えていた。女は立っていてその手振りからすると男を逃がしたらしい。

 長衣を使い闇夜に炎を叩き潰したゴランにも事態がひどく悪い方向に流れたのがわかった。

 相対する女ははっきりと二人を睨みつけ、怒色を湛えつつ片膝を立てて独り長椅子に座り直した。火事が起きたのに。

『あ、あたし帰るからね!』『す、好きにしろ』ゴランはアンジェリカの判断に任せようと不本意ながら決めた。崖のうろで彼が述べたようにここで逃がせば終わりなのだ。

 アンジェリカは睨んでいる女と逆の方向へ《逃げて》ゆく。冒険者はこの場所のお得意様たちとは鍛え方が違うので回り道をしても追いつける。ゴランが見ることのできなかった男の行方は心得ているだろう。

 しかし。(見間違いではなかった)アンジェリカの背。先程と寸分違わぬ光景。ブルガンディでの《悪漢のロイ》の背。ゴランは今度は彼女を止められなかった。

 そして赤い髪は彼の傍らを駆け抜けた。《のら犬亭》の盗賊たちの業を見てきたゴランでも人の出せる速度ではないと感じさせられた。しかし彼も二人の女の後を追うほかない。

 ゴランの走る先で悲鳴が上がった。彼は仲間の名を叫んでいた。