(《先》を見せられた分遅れを取ったっていうのか)ゴランは二人の女の背を夜に探した。 彼の標的は女たちの走る先。聞いた悲鳴は男のものではなかった。 『ひいっい、あ、あの人死んじゃったよぉ!!』アンジェリカの悲鳴でもなかった。 彼女は崖の上に伏しているとおぼしき、はるかな人影を指さしている。 言わんとしていることはゴランにも分かった。飛び道具で仕留めたのだ。転倒したのに頭をかばうでもなく倒れ込んだ、不自然な姿勢。吹き矢に塗られた弛緩の毒がそうさせたのであろう。 大声で知らせてくれば騒ぎになるが仕方がない。皆目素性の分からぬ二人が手を下すこと。他の注文は特になかったのだ。 ゴランは仕草だけでアンジェリカを無言で鋭く呼びつけて、ともに素早く下山することを選んだ。ほんのそばに立ちつくす、悲鳴の主にかかずらわっている暇はない。 「覚悟なんて! できるわけ! ないのよ!」 慟哭のような声を耳にしたアンジェリカは走りつつ息を飲んだようだ。ゴランも背後をうかがいながら仲間の様子を見れば、アンジェリカはしきりに目配せしてくる。 アンジェリカは驚く。やってくる赤い髪の女にゴランがはっきりと向かい直ったから。 (相手はただ速いだけだ)とゴランはあえて考えて集中をする。四足のモンスターがごとき素早さの美しい女の姿という異様。(薄衣の女などに)男は立ち向かう。(殺すな。それ以外の注文はないのだから) (小さな骨の一つを折って泣かせて終わりにする)ゴランは格闘の構えを取る。予測よりも早くぶつかるだけだ。自分の怪我を覚悟して、痛みに耐えて逃げ――。 予測よりも早く予測した更にその手前で飛ばされた。公園の草むらの上で一回転させられ、芝生が夜空に舞い散ったのが目に入った。 迫りくる女の手前で身体が何かに当てられたと考えるほかなかった。(女が盾を構えたわけでもあるまいに!)当の女は駆け抜けていったが、ゴランの全身の痛烈な痛みと圧迫は嘘ではない。 次にゴランは一瞬だがつまらぬことに心を囚われた。「アン……!」仲間の名を呼ぶべきか。偉ぶりながら他愛なく弾き飛ばされた男は闇に置いてきぼりにされている。 ゴランの身体がようやく気を取り直していって、ブルガンドの月光の下に目をこらせば仲間のアンジェリカがゴランともう一人に気を配っているのが分かってきた。青白い光を浴びながら赤い髪振り乱して進む薄衣の女。すさまじい敵であった。正体は分からない。ただひたすらに強いということ。 ゾールと光の子のお膝元の大いなる崖。そこに取り残された男女は、どのようにすればお互い生き長らえるのか、それだけが全身を埋め尽くして、赤黒い気持ちだけが広がり方策は像を結ばない。 また夜風が吹いて、アンジェリカの紫の髪を揺るがした。 |
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