ゴランは、自分の力が最も頼りにならぬと思い始めている。 代わりにあてにしているのはわけのわからぬ敵の力と、自分に見せられるわけのわからぬ情景だ。 だから、崖下に墜落して死なず《宙に叩きつけられる》のを受け入れることはできた。心身ともに多大な衝撃を受けただけだ。 (……なるほどこれが……)激痛に歯噛みしながら、夜の空からの視点を彼は再び味わった。(二度目だ)崖から跳ぶ前、一瞬の間にあらかじめ知らされていた情景だ。 それに、あの奇怪な力の男女が手立てなく落下するはずがなかった。と、ゴランは敵と幻に信頼をかける己がうとましくなる。 宙に身を任せているつもりはなくゴランは利き腕を使い身体を起こし、空中に片膝をついた。目を凝らしてみれば横たわっていたところに土くれだけ残っているのが分かった。次に遠くを見上げれば夜空を裂いて進んだ矢の群れの音が去っていく。 さっき俺との戦いに使った見えない盾を宙に敷いたわけだろうか。熱にさいなまれながら思考する。利き腕でないほうの肩は状態を考えたくないほど強打した。 横たわる視点を《見せられた》から対処したつもりだった彼はなにかに悪態をつく。 とにかくこの見えない床から降りるという意志で激痛にあらがう。高さはまずまず。落下しながら崖を蹴り、削り落ちるつもりでいれば本当の地面に着くことができる。 「うお!!」もう一つ床に触れた。ゴランは脚を折らぬよう肝を冷やしながらそこへ着地する。 (この国に持ち込んだポーションや膏薬をたっぷり使ってやる)彼は異常な存在感を示し始めた左肩をなだめた。(早く見つけさせろ) すると、ゴランが願った相手の金切り声が届いた。 (どうということのない高さに足場をしつらえていた奴らだ)ゴランはあえて見くびる。 それから急ぎ静かに探し当てると女は当然のように声のもとにいて、無防備に男を怒鳴りつけていた。先程の復活の感動と驚きは消え失せているようだ。 そしてゴランは別の種類の驚愕にとらわれたが顛末を理解できた。 (こいつら、化け物の集団か) 「こうでもしないと君はついてこないからだ……。ディオシェリル、君までやられていたろう」 「モンドール!! この、恥知らず!!」 赤い髪の女はディオシェリル、その目の前に立つ痩せぎすで灰色のゆるい髪をもつ青年はモンドールと呼ばれた。 そこにゴランたちの標的はいなかった。標的のもっていた茶色の髪がゴランの見とがめる先で色あせてモンドールの顔かたちに変わっていった。 それがディオシェリルの激情の理由だった。 |
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