ゴランを蝕んでいた炎は消えていた。 しかし彼には見えていない。 ゴランは夕べ降った雨のことをこの時まで失念していた。そして今は激しく呪っている。 痛打した左肩と火傷、このごみ捨て場へ落下した際のさらなる傷。身動きは許されなかった。 意識だけはあって、汚水から顔を上げられぬ自分の立場だけがわかる。 苦痛と後悔と抵抗、諦念。無力な暗殺者は瞬く間に朽ちていった。 「でえっ!! うわあああああ!!!」 全身に響くような痛みに逆らい、首を起こす。 目の前に黒い服が転がっている。つっかけを履いた白い靴下のようなもの。細い脚が二本。 (あれで踏みつけられていたわけだ)ようやく合点がいった、いつかの夢。 仰向けにされていたことに気づいた。そして、自分と同じ姿勢でひっくり返っていた彼女も首を起こしてきた。怯え訝しむ表情が張り付いている。 「あ……あ……あきらめて飯にしようなんておもっとらんかったんや! おっさんには痛めつけられたこともおおかったし、まだ夜もあけとらんのやから。な、なに言うとるんや、うち」少女は喋り続けつつぴょんと身体を起こし、まっすぐ立つとぶんぶん首を振った。束ねて長く太い後ろ髪が幼い主人に連れて左右に動く。 男が口を動かそうとすると、メアリは更に畳みかけるように言う。暗闇に浮かぶ赤い髪の少女。 「こんちっさい子供におっきな宝物をいっぺんにうごかせるはすがないねん。そしたらこないな地下にええ隠しばしょがあるやないかって……」 「お……おれがまだかすかに生きているのはや……やつがここにたどりつけないでいるからだ。お前の大声はお前のこともまずくするぞ……」ゴランは自分で驚くほど弱い声を出す。 「やつ……追ってくるのはひとりなんか」状況は盗人の少女に馴染み深いのかもしれない。 「いや……ゾール教団も追っては来てるがこの地底へはこれまい……すまんね」ゴランはメアリの表情を見てとった。 「ほんま……ほんま、なにやらかしとんねん。まぁおっさんも坊主も怪しいと思うとったが」 少女は少し後ずさりしてみせた。「だからうち、べつにおっさんの友達やないんや」 「いのちはたすけたったけどな、怪我はじぶんでなんとかしいや」 「誰もいないこんな場所で会っているやつらが無関係なもんか」ゴランは寝そべる地の底から天を見上げ青い顔色に笑顔を作る。視界はぼやけ、天の奥に星や月は見えなかった。 「偶然や!」 「あの女はそう思わんさ……。お前は上手くやろうとしてここへ来た。俺もそうだ。あの女も。悪党同士、似たようなことを考える。程度が知れてる……。俺もよくしゃべれん」ゴランは全身を地面に預けているのが甘美に思えてきたので、見上げるのをやめ座り込んだ。激痛で全身がぎくしゃくとする。ゾールの掌中に身を任せるのはやめた。 「敵はひとりの女か……。なあ、おばはんはどないしたんや」 ゴランは黙る。 そしてこの時のメアリの瞳を強く記憶に残した。 「……ええわ。聞かんといたる。追手の女もうちがなんとかしたるわ」 |
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