落ち着きを感じさせる作りのしっとりとした寝台の上に、色とりどり様々な文章の書かれた紙の束と、木の 札。神経質なほどに美しい並べられ方をしている。紙は部屋にいながらにして注文できる品物の目録であっ て、札に記入して扉の穴へ押し込み、廊下側へ落としておけばしばらくして品が届くという按配。ゴランのよう な心持ちの者には丁度良いのだった。 見晴らしのよい高い階と、人通りの少ない奥まった場所。高級な部屋は二種類ある。とゴランは思う。 (食事、軽食、薬、飲み物、酒、新聞、話し相手……)ゴランは紙束に目を止めた。《話し相手》がヒューマ ンであることがさぞかし大事そうに、部屋の落ち着いた雰囲気に似つかわしくなく、そこだけが特別に、扇情的 に書かれていた。 (まあ、いまゴブリンの女が訪ねてきたら俺でも叩き出すかもしれんな)ゴランは当然どれも頼む気になれなか ったので、家捜しをした。 氷に漬けられた数本の酒、酒肴、煙管と草、ゾールの聖書。羊皮紙に鵞鳥の筆。退屈だったので、氷の 底まで調べた。港の英雄の命を狙う罠は特になかった。あと何億回罠を調べたらエルセアに着くだろう。 ゴランは一枚、札を手に取り、筆をしたためて扉の向こうへ送った。 ゴランは、座り込んでいた。 床に備えつけられたどでかい寝台に背中を守らせ、自分は身を一段と低くしていた。 分厚い扉は船中の音を遮断しており、静寂と薄暗い中にじっとしていると扉が鳴るので、身がびくりと反応 した。 彼が再び退屈に苛まれる直前に品は届いた。そっと戸に近寄れば、厚い紙の束が挟まれている。音を立 てずに新聞を抜き取って、静かに開く。余計なものは混入していない。 (《ブルガンディ》紙か)どうせならばと、海外版が来ることをゴランは期待していた。今回のいくさの火はどう燃 え広がるか想像もつかない。史上に類を見ない対戦なのだから。 《ヒューマン・オーク連合軍、エルフ討伐に結集》わかっていたが、自らの目を疑いたくなった。(最近の見出し は……)この船はエルセアとの往復便なのだから、注文した最新情報には違いない。 本文に目を通す。エルフは、出しゃばりで人をなぶって殺し肉を食らうだの書かれている。ゴランはその逆の 評判なら聞いたことはあった。地中海の島住まいの彼にとってはポンペートのモンスターよりも遠い存在である が。 それに立ち向かうオークは強く勇敢でヒューマンのかけがえのない盟友であると書かれている。ゴランは先程 と同じような感想を抱いた。 そして長大な記事のどこを探してもオークやエルフの具体的な人名は載っていないのたった。ゴランは少し苛 立つ。 (くだらないことしか書かれないのはまだぶつかっていないということだなあ)ゴランの興味は仕事場がどうなるか ということにある。ヒ・オ連合軍が目指しているのはほぼ間違いなくエルフの巣のエサランバルであって、ゴランの 目指すエルセアはキルギル・ゾラリア連合という巨大国を挟み、戦闘予定地の遥か北東に位置する。キルギ ル・ゾラリアもヒューマンの国だが、いまオークとともに進むケフルは係累ではないので余計なことはしない。ヒュ ーマンの諸国は神聖皇帝の御世から複雑なのだ。「確かそのはずだけどな」ゴランはつぶやいた。 願望まじりの憶測しか抱えないで海の上を運ばれていくのはきついもんだ、とゴランは思った。 ふと、会ったこともない二人の女の姿が脳裏をよぎる。赤い髪の女たち。いや、幻は見えないぞ。顔さえも 知らないのだから。 この現状と、エルセアで訪れる未来。どちらがきついだろうか? 一番つらいのは息をしていると感じている 時だ。 |
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