モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

1.旅立つ者、会いに来る者



(くさいな)

 港の潮風は、駆ける乗り合い馬車にじっと隠れている者たちにも届いて強い主張をする。焦げついた磯の
香ばしい匂い。ふりそそぐ日差しが分厚い木板で遮られているのが嘘のように不快だ。

(俺が偉そうに言えたものか)

 ゴランは問いかけてきた自分に腹を立てた。(おとなしく座るのが退屈だからと比喩に耽溺するな)足の下で
激しい重労働を強いられている哀れな車輪がたったの百回転もすれば忘れるだろうさ。

 周囲の客は目を閉じている者、開いている者。とにかく全員が黙念として、自分たちのひとときの運命を車
輪と馬とゴブリンに完全に預けている。乗客はだいたいゴランと同種族であったが、ヒューマンの彼には違和感
を覚える体躯の者がひとりいて目に入ってくる。深くかぶった頭巾から張り出すような長い髭が四方へ伸びて
いる男だ。

 ゴランは自分の余計な思考を遮断するためにぼうっとドワーフを眺めていると、そろそろ到着らしく、板の向こ
うのゴブリンの御者は鐘をけたたましく鳴らしてきた。

 客たちは次々にペイカを御者に払って車を降りる。ゴランも降り、今度は船の切符を確認すると、違和感が
あった。


 海岸へ向かって下っているはずだが、ゴランの心はポンペートの山頂へ登らされている気持ちだった。

(突き落とされるのはいつだ)

 彼の仕事は慎重に慎重を期するべきものであったから(「小心者に向いた仕事だ」とはゴラン自身の考えで
ある)、小さな違和感は心を大いに重たくする。

 海の向こうへやられて、身軽な旅人を装わされて行う仕事も少なからずあったが、その際はいつもシャーズ
の客船を使わされ、その豪華な船旅で手懐けられるのだとゴランは考えていた。

 小さな切符に記された初めて見る地図を頼りにしたサンダル履きの足は目的地へ辿りついた。

 並べられた船と船たちの織りなす、非常に峻厳な山脈は予想を超えて立派なもので、ゴランをすこし驚か
せた。(猫どもに押されて斜陽と聞いていたがな)シャーズの様式ではない装飾が一面に施された船と船ど
も。その甲板の上に容赦なくふりそそぐ港の日差しに照らされて、汗水たらして大勢動き回る、ヒューマンの舟
人ども。

 並みはずれた人だかりがヒューマンの港を埋め尽くしていた。

(シャーズがいないのか)ゴランはようやく答えに辿りついた。違和感は馬車に乗った時からだったのだ。さっきは
ドワーフに気をとられていたが、いつもなら若いシャーズが必ず乗り合わせていた。華奢な身体に合わぬ大き
な鞄を抱えて猫人間たちは途方もない富の夢を見る。鞄の中には彼らの財産や秘密が収められているから
だ。または赤の他人の。(それはともかく)

 ゴランはそこで裾に違和感を覚えた。素早く跳ねのけた。彼の目線の下から愛想笑いがした。

 乗船しようとともかく列に並んだゴランに対してゴブリンが声をかけたのだった。ヒューマンの目で見れば醜い
笑顔だが、それを彼ら自身も心得ている種類の表情をしていた。その小さな体躯にも不釣り合いな盆を捧
げもち、ひとつの盃を差しだしている。ゴランはまた平静になって受け取った。シャーズの船に乗る時と同じ、無
料のご奉仕だからだ。

(ほとんど「シャーズのもの」であるゴブリンがヒューマンの元でこうしているのは、なぜだ)それだけは考えた。そ
こらに伸びる主要な太い列にゴブリンたちがくっついて行列に倦んだ客の世話をしている。


「おい、早く進め」「割り込むなよ!」「間に合わんぞ」「船、待ってくれえ!!」ヒューマンやドワーフの太い声
が飛び交い続ける。

(酒を口に含んで黙ってろってことなのに、騒いでどうにかなる行列か)ゴランはあたりの怒号をひっきりなしに耳
に押し込まれてつまらぬ思いをした。(しかし、これほどの人だかりなら《のら犬亭》のやつらの小遣い稼ぎにさ
れてしまいそうだな)ゴランは近しい悪党たちの顔を思い浮かべるが、彼らはいま高級な蟹肉に金を奪い取ら
れているところであろう。

 そしてゴランにも危難が文字通り近づいているのであった。

「おい! 割り込むなと言ってるんだ!」荒れた、塩辛さを想起させられるような声。

「す、すまん。乗りたいわけではないんじゃ。会いたい人間がおるんで」枯れきってひび割れた声。

「なに! 切符もねえのに来たのか! じいさん、こんな場所だとすりが盛んなんだぜ!」雷のように荒い中年
の男の声はあたりの行列客に一斉に、一瞬だけ財布に気をつけさせた。

「そ、そのくらい気をつけられるわい」と老いた声が応えるや否や、悲鳴がひとつ上がった。

「うきゃあ!」「ああ! すまんすまん。すまんかった」

「おい! ゴブリンを転がすんじゃない! 貧乏で困ってるゴブリンを弱いものいじめたぁ、どういう了見で
え!!」

「さ、盃も割れとらんし、勘弁してくれんか」老人の声に愛想が混じる。彼は徐々にゴランのたたずむ方向へ
近づいているのが分かり、黙って酒をなめていたゴランの表情が不機嫌に縮まる。

 老人に転ばされたゴブリンは立ち上がろうとしたが、不意に盃の並んだ盆を地面に置く。大げさな身振り。
着ている小さな服のあちこちを自分で叩き回る。

「あっ、おめえ、財布をやられたのか!!」中年の叫びに、あたりがどよめいた。

「わ、わしが摺ったとでも!?」老人が驚きと恐怖と失望の叫びをあげ、ゴランからため息が出た。