「にゃあっ!」「子供が!」「子供が轢かれたよぉ!!」 自分の血がどこか遠くへさーっと引っ込むような感覚。叫びを聞かされたエドマンドの全身は冷えてしびれた。 巻き上げられて未だ空中にたゆたう土煙に耐え、目を凝らせば、地上にひっくり返っているのは太った女だ。だらしのない肢体の隅から長い尾がはみ出していて、気だるい老猫を思わせる。 「気、気を確かに持っておけよ、シャーズのおばさん」久しぶりに見る種族に向かい、尾のないエドマンドは手を差し伸べて、素早くあたりを見回してやったが、手はびしと弾かれた。 「失敬だね。そんな歳じゃないし、あの子は尻尾をしまっているようにゃ見えなかったよ……」シャーズ女は立ち上がって頭巾をめくった。ヒューマンのエドマンドが想像したくらい大きな耳が飛び出した。片方の耳には宝石の二重の輪を飾る。 「悪かったよ。さ、捜してやろうぜ。まずは」 「当然さ! 奴らも戻ってこないだろ?」《死すべき者たち》の男と女は蹴立てられて怒涛みたいになった土煙の向こうを見やった。 「でも、こんな街道に子供ひとりなんて、どういうこったい。こんな処、俺みてえなヒューマンの商人しか使わない、辺鄙なとこさ」「あ」エドマンドはシャーズ女の顔に気づいた。 「い、いや、モンスターが大挙して通るなんておかしいって言ったのさ!」エドマンドは探し回る歩を速めた。(シャーズに会うなんていつぶりだ?)エドマンドは思わず記憶をたどった。 「やーだ、疑わないでよ! 急ぎの用立てでさ、こんな南方を駆けずり回ってるだけ! おーいっ」女はエドマンドから更に離れて、呼びかける声を強くした。 「そ、そうか。おかしいよなぁ、狼の群れが堂々と道を通るなんて。なあ?」 「世が乱れてんのさ。手をお出し!」はぁ?とエドマンドがすぐ聞き返す前に、シャーズの女は何か投げる真似をしている。 「ここで会ったのも縁だからさ、見知っといてよ!」(名刺でもよこすのかよ) 「やっぱやめた!!」「なんだよお!」シャーズは手を見せる前から引っ込めた。 「あたしはティアラ! 地中海のどっかで働いてる! 今は自分の店は持ってないけどね!」 「なんだそりゃあ! ブルガンディじゃないのか」モンスターが通り過ぎたあとの中原の街道で商人たちは大声でやりあう。エドマンドは訝しんだ。商売と計算のたくみなシャーズのこの不明瞭な態度。 「それより人の命だろ! 早く早く!」エドマンドの思考はティアラに遮られた。 「なあ、どんな子だったんだい。すぐ分かると思ったんだが……」道の両側は切り立った崖。べングの民が必死に切り開いた街道の他はまさに獣道しか存在しない。「家のない可哀想な子だったのかな」 「それは違うね。あの艶やかでふんわりとした風合い、とても立派な朱の外套だったよ」 「なるほどなるほど」(シャーズの商人め、財産しか見えないのか)ヒューマンの商人は言われた言葉を頭に思い描いたが、「そんな子がうろついているのは尚おかしいだろう。あんたの思い違いじゃないのか。きっと、大人のドワーフさ。き、きっとな」 「そ、そうか、そうかも、にゃー」これほど捜索を続けても見つからないことで、二人の心には悪い想像の黒雲がすっかり立ち込めていたのである。 と、ふたりの行く手の地表がめくれ上がった。 シャーズでも、マッド・ウォリアーでもないヒューマンの小さな女の子が立ち上がった。土色の外套を裏返したら美しい朱に変わる。 「ごぶれいつかまつりました。どの道おふたりを驚かすことになるかと思いましたが、ならば早いほうが心持ちに良いかとぞんじまして」たどたどしく喋り続けて一息入れた。朱の装いは寒々しい山脈においても映え、幼く優しい声は髪とともにふわふわゆれる。 |
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