ゴランは深く頭巾をかぶる。同時に、「おう、おう、見つけた。……助けとくれい!!」 ゴランの影さした視界のすみに、陽光をはね返し調子よくきらりきらりと光を湛える水晶のどくろが、持ち主 の必死の歩調に合わせてこちらのほうへ躍り歩いてくるのだ。 「じじい、やっぱりあんたか。なぜ俺を狙うんだ。なぜ俺を狙える?」シャーズの船便が消え失せたせいで溢れ かえった人々。日差しを避ける頭巾だらけなのに。 ゴランに奇妙で不吉な予言をなした老人はまず口を開けた。まばらな歯が覗いた。「ふぁはは、害をなす と? とんでもない」「おう、あんたのててごか。じじいの面倒を見てもらうぜ。これからたあっぷりとな」枯れた声 は塩辛い声に邪魔された。ゴランの前に老人を追う一人の男がやってきた。 「冗談じゃない。因縁をつけられてるんだ」背中に馴れ馴れしく隠れようとする老人を引き剥がしたいゴランで あった。 「なんだと!! いつ、おれがてめえに絡んだ!」(こいつ、わざと聞き間違えやがる)ゴランの心にさざ波が立 ち始めた。 (待てよ、こいつ、《悪漢のロイ》か)ゴランは自分の心を自分の発見で抑え込もうとわざとらしく考えを始め る。 もしゃもしゃの髪と髭は一体となって見る者に強烈な印象を与えるが、ドワーフではない。筋骨隆々な手足 を誇示するために丈の短い、むさい服装を好んで着け、往来に鋭い《ダガー》をわざと構えて歩くヒューマン。 (『馬鹿だから絶対仲間に入れてやらねえ』とペルタニウスが言っていたな) 「この可哀想なゴブリンは転ばされて痛めつけられて、その上財布を分捕られたんだぞ! こちとら裁判所へ 駆け込んだって構わねえんだぜ、えっ」ロイはどこかに向かって手招きをした。 啖呵を切ってからしばらくかかった。足元へ《被害者》がちょこちょこやって来ると、ロイはやや無理な姿勢で 小さな《被害者》を抱き寄せた。 ゴランが特に観察眼を働かさずとも、ゴブリンの動揺は明らかである。ブルガンディの裁判所の、この世で一 番えらいシャーズさまの中でも最もえらいシャーズさまに睨まれただけで処刑が完了するのではないかと、哀 れなゴブリンは悪い想像力を働かせていそうだった。 「おいっ! しゃんとしねえかっ」ロイはゴブリンが力を込めはじめてしがみつく脚を一振り、あわてて離れたゴブリ ンを一蹴りした。 ゴランはロイの後を継いだ。「そうだな、落ち着くことだ。裁判ともなれば正確な調書だ。シャーズたちに根掘 り葉掘り聞かれるぜ。裁判官の前に、シャーズの厳しい衛兵たちにな。まず俺に話してみろよ。財布には何ペ イカ入っていた。ダルトは? まさかアルシャを持ってたか? その他に品物は入っていたか? 貴重品は?」 ゴラン、ロイ、老人、ゴブリン。乗客になるために詰めかけた人だかり。そこへ巨大な影がさした。ヒューマンの 新たな船が入ってきたのだ。その中でゴブリンの緑の顔色が影の色、そしてもう一段階変わって全身はぶるぶ る震えだした。 「てて、て、て、てめえ!」ロイがあわててゴブリンとゴランの間へ割って入る。 「お、老いたる父親に哀れなゴブリンをいじめさせ、高みの見物の末に自分は高飛びかい。ヒューマンのせい でエルフとオークが争ってるこの大乱世そっくりじゃねえかい。同胞として恥ずかしいぜ。このロイ様が正義の教 育を施してやろってんだ」ロイがぐいぐいと近づいてくる。 「何を言ってやがる。関係ないものは関係ないとしか言いようがないぞ。同胞の正義が大切ならば、はなっか ら疑ってかかることは悪さ。最初から全部信じてみれば片がつく。始まりもしねえよ」ロイの表情は狐につままれ たそれに変わって、ゴランと老人の二人の顔を素早く見くらべることになった。そこでゴランはしつこく絡もうとする ロイのごつい手を振りほどいた。もはや二人にとって、老人はどうでも良かった。その枯れた命は薪の役にも立 たない。 「い、いや、てめえこそ何言ってんだ!! そうか詐欺師か、さっきからおかしな喋りばかりしゃがってよう! こ の、頭が良いつもりのちんぴら野郎!」ロイの顔と言葉は乱れ始めた。 (それはてめえのことでもあるだろ)ゴランは短くもくだらないやり取りに早くも飽きがきている。 (しかし、こいつ、なぜ貧しい旅装束のしがない薬屋にこうも絡む)ここでゴランの心が突如ヒューマンの社会 正義に目覚めて、財布を丸ごと《悪漢のロイ》に捧げたとしても中身はたかが知れているし、これから外国へ の商売の種とする《薬》をせしめても割に合わないのだ。(荷物の正体を知ればもっと割に合わなくなるが)と ゴランは思った。 薬屋が必死に時間を稼いで、出港する船にぎりぎりで飛び乗ってしまえばもっと損だ。(俺はそれを狙ってい る)しかしそれくらいは目の前で怒り狂っている、邪悪な性分で頭まで悪い、いい年をしたちんぴらだって考え ているはずだ、とゴランは考えている。 少し思考をまとめようと、ゴランはロイから目を離した。(一発くらい攻撃をくらっても構わん。怪我をした分脅 してやれる) (ん?)先程ヒューマンふたりにシャーズの裁判をちらつかされて脅されたゴブリンの姿がなかった。彼が地面に 置き去った盃と皿もそっくり消え失せている。(だいたい読めたぜ)確信と同時に。 「あいつじゃ! あいつが真の悪なんじゃ!!」しわがれた声が港の天に響き渡った。 老人の枯れた腕が袖から伸ばされて、ゴランたち船客が降りてきた蛇行した坂道を差した。さらに向こうには 陽光に白く輝く山の手の家々が斜面に並ぶ。 「余計なことを言うな!! ……なにっ!?」ゴランとロイの声が重なっていた。「当たりか!」「なんで分かった んだ、このじじい!!」二人の声は別れていった。 坂道をゆうゆう歩いて昇る人影。ゴランの目には粒ほどに映ったが、その背丈はゴブリンのものではなくヒュー マンのものだと分かる。(シャーズでもないな)ゴランは断ずる。 |
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