(うるさい) ゴランは、空をゆく魁偉なる獣人に一人のヒューマンが勝利する方法を考案しなくてはならないが、 「うわああああ〜〜!!」 空中に囚われた《悪漢》は人生の結果をまだ確かめたくないようだ。命を懸けた悲鳴と一挙一動に、ひしめ いた観客はいちいち応答して解説めいた台詞を並べ立てるのだ。 (空に対するには飛び道具しかない)一人ゴランはごく普通の対応を考えた。屈強なるヒューマンの船員たち もまた甲板に雁首揃え、それぞれに弓に矢をつがえている。 (しかし、客の頭上に矢を射込むわけにいくまい)ゴランはそのことと、それをハーピィも心得ていると感じた。 (だからあの飛び方をしている)だからあの禍々しい鳥人は気ままに旋回を続けているように見せかけている。 人間たちの頭上をさまよう死神きどりで。 (さっさと連れ去ってくれよ)ロイの物凄い悲鳴はウルフレンド大陸まるごと道連れを望んでいる。それに群衆 が呼応するたびゴランは嫌気がさす。いけにえへの哀れみと、モンスターよこちらへ来るなという彼らの悲痛で 疎ましい祈り。さらに片隅にたたずんでいるであろう老人の不安な視線がゴランの身に刺さる。 (モンスターは安全な逃走を望んでいるだけではないのかも)状況が存外膠着しており、ゴランには好機なの で思考を巡らす。ロイはそろそろ衰弱するかもしれない。(船はどれだけ遅れてどれだけ損を出すか)くだらぬ ことをわざと考える。(財布を抱えた真犯人もここぞとばかり行方をくらましただろうな)余計な思いまで生まれ てゴランのこめかみあたりに食い込んできた。首尾よくモンスターを撃退したあとでも群衆に包囲された盗人の 運命は虚しいものだ。 (例えば生き餌にするのをあきらめるとか)ともかく一度危機を乗り越える必要があって、ゴランの思いはモンス ターの思いに移る。ハーピィの抱えた、やや歳をとっているが活きの良い餌。まだまだ宙で大暴れを続ける体 力に、ゴランは少しは敬意を払ってもいい心持ちになった。 しかし彼を鉤爪で苦もなく離さぬハーピィは捕らえた餌にちょいと処置をほどこすのも容易いだろう。 (そしてご馳走の量を優先することを……。……!!)「はあああっ!?」後ろから跳ね上がるのは老人の声 だ。ゴランらは人だかりのなか回避もままならず、空からの一羽の突進に当たらぬよう精いっぱい銘々の身体 の面積を減らすつもりになり、ついでにそれぞれの信仰に熱心になることもした。 (化け物にとっても好機だ、確かに)正規の警備隊――シャーズ兵――がいないのだから、ヒューマンなり、ド ワーフなりが軍を動かすにはたくさんの手順がある。ゴランはハーピィの知能は学のないゴブリン以下という噂 をどこかで聞いていた。しっかり聞いておくべきだった。(常に天つ神々の高みから見下ろして生きている連中 なんだ)この港に地を這い集う《死すべき者たち》の一人として感じた。 (逃げられはしないし、敵――《悪漢》のほう――は生きているし、)ゴランは懐の自らの得物を見た。《スリン グ》なら外れ弾も観客を死なせることはないだろう。(ここで使える者は俺だけか?) 「運命だと思うんじゃ!」 「うるせえ」ゴランは老人の声へ返事をした。(じいさん、人混みに潰されてなかったか。この俺に、追い詰めら れて晴れ舞台に登れだと?) ゴランが老人から顔をそむけると、ハーピィが身をひるがえして一旦飛び去る瞬間を目にした。 (賢いあいつは弓矢の距離を心得ている!)しかも我が手にあるのは《スリング》なのだ。ゴランの仕事には隠 して持ち運べるものが似合いであったが、今は恨めしい。 ゴランは慄然としつつ(やつの目を潰せば撃退くらいは、できる……)唯一の希望的観測であった。 |
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