モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

8.白刃と脚



 長衣の襟根っこを掴まれ、そこへちくりとする物が当たってきた。頭巾がゆらめいてまぶたにかかる。ゴランは
直したい気分になったが、下手に動けない立場にされたことは悟った。第一、視力は失っている。

 盲た身のすべての注意は首筋に注がれている。焼けるがごとき鋭い痛みがあった。出血していたら白い長
衣が格好悪くなるな、とゴランは考えつつ心は総毛立つ。

「俺はちゃんと礼を言うぜ。助けてもらったし、てめえは視えなくなったからな!!」塩辛い声はゴランの見えぬ
目前でわめき散らした。ロイは《ダガー》と顔を斜めにして構えているようだ。ヒューマンの港のざわめきは一段
高くなった。(驚くだけで誰も助けに入らんな)ゴランは暗闇と誼譟の中から足音を探したい。

「お、おい、おい。こやつは皆のために真面目にやったというに! それは本当の馬鹿のすることじゃ!」別の
声がする。地面のほうからだ。

 ロイの声が横を向いたのを感じた。「うるせえっ。蹴り殺すぞ、じじい!! 肩ははずれそうでも脚は無事様
よ!!」

「ああ、そうだろうな。無理をすると使いものにならなくなるぜ。わかってんのか? 長い間吊り下げの刑をくらっ
てたら血が変なところに溜まる。腕が腐って抜け落ちるかもしれんぞ」ゴランは忠告を与えてみた。

「あ……。く……くっ」ロイは口ごもりながら《ダガー》を引いた。ゴランは心を構えた。ここからどうなるか。

「おい、どうだ、俺様の刃がもうどこから来るのか分かんねえだろう! てめえこそおしまいなんだ!!」ゴラン
は長い息を吐いた。そんな彼に覆いかぶってくるように、「墜落だ!! 墜落するぞー!!」港のざわめきはど
よめきに変わった。

 戦いを終わらせたというのに状況には落ち着きがなくてゴランは辟易する。「おい、ハーピィなのか。どうして
戻ってきた?」敵の悪漢に聞いてみるのは馬鹿馬鹿しいがやってみる。

「ああああ!! 行くな! そっちへ行くんじゃねえー!!」「いいや、依然山へ向かっとるよ! ただしもう昇
れないようじゃ!!」狼狽している悪漢に代わり老いた声が答えてきた。

「要領を得んな、あいつ」乱れた歩調がゴランの前から砂利の音をさせながら遠ざかる。

「あとはお主が言いたかったことを叫ぶだけ……悪を見逃さなけりゃいいんじゃ」

「やれやれ、じいさんもおかしい人間だったな。視えないのに見逃すもくそもないぜ。この世で最後に見たもの
がモンスター女のつらになるんじゃないかと怯えてるんだよ、俺は」「ここでよく冗談を言えるわ」

 ゴランは地面に腰を下ろした。砂利が食い込むが疲労は癒やされる。ようやく痛む首筋に手をやることがで
きた。指は濡れない。(証拠になる傷はつけないか)「俺は疲れたんでな、じいさん」

「ああ、まかせい!!」下から上へ。ゴランの隣りで、老人が大袈裟に立ち上がる音がした。

「皆の者!! 若者は光を失ったが、代わりに勝利と預言の力を得た!! 我らが大神ゾールは公平であ
る!!」(何言ってやがる)ゴランは憮然としつつ口を開くつもりはない。

「皆が失った金銀はあすこ!!」「あああーっ!!」悪漢の声も飛び込んできた。彼らふたりの声は同じ場所
を指す、とゴランは思った。

「ほれ! 野次馬が集まるぞ! 早う財布を取りに行かんかあい!!」わーっと叫び声が一帯に上がって、
耳が頼りとなったゴランには堪えた。

「おいおい、上手くいったもんだな。ハーピィがあいつに墜落するなんて」ゴランはポンペート山を見ようとした。
視界には依然七色の幕が垂れ下がり邪魔をする。

「よう分かるな!」「預言の力のお陰様かな。ま、そうでなくとも誰だって想像つくだろうがね。この嘘つきじじい
が」

「おいどけ!! ど、どけ!」「うっ」

 ゴランは警戒し言われるまま身体をひねる。塩辛い声が通り過ぎた。「ど、どこへゆく!」老人の声を背に
乗せたまま、悪漢は遥かな地中海を目指すらしい。

 と、ゴランが判じた瞬間、「うおおお!!」と声が踵を返してくるのがわかった。

「あっ」老人は声を出した。悪漢の逆襲に対してではなく、ゴランの上段の蹴りが放たれ、ロイの顔面をなんな
く潰したからである。

 蹴りの主の盲人は体勢を大いに崩した。(や、やはり見えんのか?)いま転べば大怪我――と老人が肝を
冷やしたところでゴランの強力な足は大きな音を立て、地面に無事着地した。

「ふげっ……ああああぁ〜〜」情けない声と鼻血を空中に垂らしながら、《悪漢のロイ》は高い桟橋から一瞬
の時間をかけてゆっくり落下していく。

 水音。「お、溺れちまう。溺れちまうよ!」下から悲鳴。

「りょ、両腕を怪我していたら泳げんぞ、やつ」「と見せかけて逃げる肚かもな。俺は、じいさんの想像する結
果を期待するがね」「恐ろしいんで、わしは下はもう見んことにする……」