モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

4.第四者



(真面目? 正義か? 《悪漢》をどうにかしろという符牒か)老人の言は不明瞭きわまる。《悪漢のロイ》は
傍らにいて気配は伝わるが、こちらの死角に陣取っているに違いない。

(懸命にやれだと?)ゴランの白い長衣に隠れた、鍛えあげられた肩。それを骨が外れるほど振り回したとして
も、精魂込め手入れされた弾丸は役目を果たせずに途中で情けなく落っこちることだろう。

(そして俺とじじいは晒し者になる。わざと時間を稼いで逃がしたのだと、こいつが言う)ゴランは首と眼球を動
かさぬまま傍らを見た。

「早くやりやがれ。やっぱり、時間稼ぎかっ」真犯人のロイは肩をそびやかせる。

 手をこまぬいても、脳裏を悪い想像が浸蝕するだけだと思った。(俺は予言なんかするものか)ゴランはもう
片方の人間へ顔を向けた。

「いかつい顔に、似合わぬ表情はやめい。もう少し気張って生きよ……。そう、善を成し、悪に立ち向かえ!
 そうやって投げよ! あ、そうそう、雨が降ったら投げはじめろ。これは、善悪と関係なかったのお」老人はひ
とり頷きはじめた。

「もう少し普通に喋れねえのか」唯一具体的に聞こえた箇所も釈然としない。(雨が降れば、ますます飛距
離は)

「ははははは! 今日はいい天気だ! がははははは!」真っ青な好天を指さし、ロイは呵呵大笑。

 だが、ヒューマンの港をいっぺんに影が満たした。「メーラ様の一息か!」老人は片手をかざして遠くを見る。
ゴランもつられて顎を上げる。(山雲が降りてきたのか!)彼の心には逆に光が射し込むかのようだった。

 まるでコボルトの泥船の転覆か、はたまたポンペートの坂を転げるように一息に空模様は悪化した。ついに
ゴランの頬を一滴が打つ。

「や、やめろ。ちょっと待て!!」

「うるさい、時間を稼ぐな。俺は今撃つ!」ゴランは溜まった鬱憤を挑発に変えて口から放ちロイにぶつけた。
(なるほど激しい風雨だ!)

 だが山からもたらされるものは恵みだけではなかった。


 宙を飛ぶ裸身。しかしそれは、天つ七神のしもべたる《死すべき者たち》の身体ではない。その体躯はトロ
ルほどではないが、巨人と呼ぶべき威容。要所はけがれた羽毛に彩られ、《死すべき者たち》なら髪と見まご
う部位は毒々しい鶏冠である。

「シャーズめ、駆除を忘れて旅立ちやがった」ゴランはハーピィに呪いの言葉を向けた。ポンペート山の中腹に
巣を抱いて繁殖していると言われているが、強力で行動範囲も広く素早いモンスターであるため正確な生態
を記す者はいない。ヒューマンやドワーフの駐留軍が駆除を申し出ても、猫人間たちのカスズ軍が決まって
「聖山ポンペートは当方が責任をもって管理いたします。費用は完全にこちらもちで!」と言って黙らせてしま
う。どの国も善意や社会正義で危険と財産を秤にかけるわけではなく、国際政治のたまものという奴らしい。

(苦労するのは下々の奴らだ!)たった一羽の鳥によって、ヒューマンの港湾は右往左往、壊乱の極み。客
船の働き手たちは心得ているのか、避難経路をなんとかこしらえようと大嵐の下でもよく通る船員の声を発し
始めた。

 と、ハーピィも滑空を始めた。悠々、自らの強大さを知らしめるように。船員らのかけ合う声を耳に入れると
顔が邪悪なものを湛えて歪む。「ほほほほほ」地上の者どもは凍りついた。笑っている。人語を解するのだろう
か。

 ゴランも思わず見上げたので、下から裾を引っ張る力には心底たまげて肺腑がひっくり返るような錯覚を覚
えた。老人がおびえて自分の足元に縮こまっているではないか。「ひいい、いいいい」

「腰をぬかしたか。じいさん、なあ、逃げる好機じゃないか。そう考えろ。元気を出すしかないぜ。さっさと走って
逃げちまえ」ゴランも同じように考えるつもりだった。まだ刃物を振り回す悪党のほうが気楽に付き合える。長
衣の下の自分の全身が緊張する。生命の危機だ。

 どこかで一人が悲鳴をあげた。それが折り重なる波のように周囲へ連鎖増幅伝播する。地面の老人に気
をとられていたゴランは再び見上げさせられた。

 鳥女がその禍々しい棒切れのような脚部を武器となして、鋭い爪を突き出し、こちらへ降下してくるのだ。

 ゴランは《スリング》を構えるべきか迷いを生じた。(あいつは、攻撃の気配を発する者から……)

「うおああああ!!」一人の塩辛い声が響いて、ゴランは顔を険しくする。

《ダガー》をロイが振りかざし群衆を突き飛ばす。迫り来るモンスターへかかっていく。

「あいつ!」ゴランが何も推し量れぬうちに勝敗は決まる。「はあ!! ……ああああー!」《悪漢のロイ》
の、滑稽なまでに気の入らぬ声。彼の運命に対して港は悲鳴で包まれた。

 どうなったのか、ロイの身体は空高く放りあげられ、鳥女の脚は彼を気楽につかんだ。

「これは!! おい、じいさん!」ゴランは老人の肩をはたいた。勢い、力がこもる。老人が苦悶の叫びを上
げてくる。

「折れるわ! お主、嫌なやつじゃな! さあ、今こそ立ち直れ! 社会正義を実行せよ!!」

「何!?」(少なくとも冒険者のパーティでなければかなうはずがない)

(つづく)