「簡単に言いますよ。戦闘不能、もしくは降伏した捕虜の虐待は禁じられてるんです。簡単でしょ、ご存じですよね、もちろんですよね」 「知っておるとも! もちろん!」(知らないんだな!)グロールは両肩に重たいものがのしかかってきたみたいに感じた。 「いいか、ブルガンディ帰り。バラン様の」ガーグレンはそこで咳払いをしてから、話し始める。「バラン様を祀るには意義がある。ここで捕虜への圧倒的な力を示せば、あの軟弱な皮しか持たぬエルフの奴原は恐れて兵を引くであろう。貴様の言う、貴様がやって来た海外にも威名は轟く。少数の犠牲をもて多数に勝利し味方の兵を安堵する。これこそ兵法ではないか」 「お……恐れながら時代が違うんです。平和な時代が長く続き……多数が少数を助けるのが美徳とされるようになってるんです。オ、オークは時代の主流じゃありません。ありませんので、」グロールは努力してつばを飲む音さえ控えるようにした。だが「平和な時代」を耳にした時にガーグレンの分厚いオークの眉は深々と切れ込んでいた。 「や……や……野蛮なオークども、それ見たことかと国際社会の非難を浴びることだけは避けたい。それがあっしの所存です、はい……」グロールはなにかの重みに耐えられなくなり頭を下げた。 「ひい!」下げたが、危険な金属音を聞かされてすぐ頭を上げた。予想はしたが期待していない、刀の柄に手をかけた総大将の姿が目に入り込んだ。 「さきほど兵法とおっしゃいましたが、我々がこのまま進めば必ずいくさに悪い影響があるものと思われます! なにとぞなにとぞ!」グロールはいつになく舌を激しく動かしていた。 「グルルフ様はいかがですか!」捕虜以外の命がかかり始めたので、手を尽くすことに忌憚はなかった。 「ひ!? し、将軍の思し召しめすままに……」いきなり話を投げかけられたオークの騎士は一瞬で突き返してきた。 (やっぱりだめかこの人は!!)「そ、それではゲーリング様は!? これからの時代、敵方への慈悲も必要とは思いませんか和尚」 「あのなぁ……」騒動に黙って耳を傾けていた老神官はゆっくりと話しはじめた。 「わしゃ軍神にお仕えする者じゃよ! 人の国の文化や仕事を野蛮のひとことで終わらせるのを先進的と呼ぶのか? なら、エルフやヒューマンは軍隊を捨てとるかね?」 「おう、まさしく御坊の言う通り。目先のちっぽけな捕虜の命が大事など、子供が考えたような安っぽい法だ。どうせ、ブルグナの動きを恐れたヒューマンらが美名に隠したつまらぬ企みであろう」 (えええええ!)もうグロールはせまりくる同胞の刃にあとずさることしか出来ない。 「すぐそこにまっすぐ伸びた勝利の道を選ばずしてなんとする。貴様は、未だブルガンディに食糧の倉庫でも持っているから妻子も飢えずに済むのだろう!」 「そ……そ……そんな。財産はぜんぶ引き払わされて……」 「敵と裏切り者。二種類の首を捧げ奉ればバランだけでなく皆が喜ぶぞ。最後に、貴様も喜べ」 「エルフを捕まえたのはあっしの功績です。なんで……」グロールの声は小さくなる一方。 (ジング殿は勇壮なオークの詩を歌う者。グラックス殿は身ひとつでブルガンディの闘技場の死線をくぐってた。だめだだめだだめだ……) (ガルーフ殿は話は素直に聞くけど別に開明的なお人じゃない!) そこで幕があがって、エサランバルの夕暮れが室内に入ってくる。 「よう」顔を出したのはグロールの思い浮かべていた田舎者。「うわ」彼は目の前の修羅場に顔をしかめたが言葉を続ける。「誰か来たぜ」 「誰かわからんのに伝えに来るな、おせっかいの大きな下郎。わが輩がこの刀をちょいと振るうまで待っておれ」 「俺じゃなくても誰もわからんからな。エルフの顔なんて」 「なにい!?」 |
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