ロリエーンは小馬の長い首筋へ身体をもたれ、そのまま目を閉じたかった。しかし、今にもオークたちの気配が背後に現れそうで、眠気のひとつも起きなかった。 蹄を、とぼとぼと哀れっぽく進ませていると、ロリエーンは前方から射すくめられた。 消沈した身をかがめて同情を買うこともせず、ロリエーンの駒は進んだ。 もう声が届く距離だ、と短い時間のあいだに何度も考えた。 「あんたにかける言葉なんてもうないのに、何かを期待しているのかしら」サーラは陣門の前で大声を出した。善後策のためにひっきりなしに動いていたエルフの兵が皆ほんの一瞬足を止めた。 「……あんたも言い返さないようね」サーラは言い終わると踵を返して去った。 ロリエーンが馬から下りるとナーダがやって来る。 「ナーダ、ロリちゃんの顔ぐちゃぐちゃになってる? オークに旗をぶっつけられてすごく痛い」 ナーダは手拭きを取りだして友人の顔をぬぐった。 「大丈夫。涙でどろどろなだけよ。顔も少し腫れてるけど、切れてないから」 ロリエーンが肩を震わせた。「よしてよ。泣いてるって言われると一層堪える」 「わたしももらい泣きしそうよ」 「こういうのが一番嫌いなんだよ。ロリちゃんのせいで悲しませる」小さなロリエーンはナーダのお腹に顔を埋めて押しつけた。 「ちょっと! 不用意な!」 「不用意なのはあいつだろう。グラックスとかいう奴、強い代わりに頭に血が巡ってないな。エルフは旗の下敷きにしてやっても射てくる奴らさ……こいつだってどんな曲芸持ちかわからん」ガルーフは縛られているシグールドを眺めてから、手に取った彼の弓矢を見つめる。 「一緒にダグデルの砦を調べた頃を思い出せよ。ヒューマンにいらぬ疑心暗鬼を抱いてたせいでたくさんの無駄な時間を過ごしたことになった。自分が賢いつもりで考えすぎたら結局一段と馬鹿になるんだ、と俺は思ったね。好機と見たら素早く進む、それが猪の子の正しい生き方だろ」ガルーフはエルフの弓矢を眺めすがめつひっきりなしに喋る。 (珍しい品を手にしてるから、芝居がかって気持ちよくなってるな、この人)演説を黙って聞きながらグロールは思う。 不意にガルーフは数歩進み、太い腰を鋭くひねった。わっ、と周囲のオーク兵が身を固くする。同時に矢をつがえ、弓を引き絞っていたからだ。 「そら、エルフを射ることだってできる。呪われてはいないぜ」 エルフの矢はシグールドを縛りつけた天幕の柱に深々突き刺さった。 「怖いのはわかるが、ガキみたいに泣くもんだなぁ。呪われてるどころか持っているとは思えない軽さだし、手には吸いつくようで心地好い手触りの木だ。値段が張るんだろう、これ」とオークはエルフに話しかけた。 「泣いてる子供から戦利品をいただくみたいで気が引けるが、武器はしっかり預からないとな。グラックスの野郎は迷信深いらしい」ガルーフは一人得心して笑ったが、その背後に無言で現れガルーフの手からシグールドの弓矢を取り上げる者。ガーグレン将軍だった。 |
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