「なっなっ何しやがる! ああああ!!」ポーションに浸されて、文字通り腫れ物に触るがごとくしておとなしくさせていた腕の痛みがぶり返した。腕から昇ってきて、全身を駆けめぐるみたいだ。 「ほう、手に吸い付くように軽い。まるで重さの無いような良い品だ」ガーグレン将軍は部下から取りあげたエルフの弓に満足げなまなざしを注ぐ。「この遥か南方までわざわざヒューマンの頼みを聞いてやって来たかいがあったというもの」 「だ、だ、誰かと思えば将軍閣下かい。俺に助けられた命の味はどうだ。旨いか。それをさっさと返せよ」ガルーフは痛みに震えて定まらない指先を将軍へ突きつける。 「わが輩は憎まれ口は叩かん。借りは今すぐ返してやる!」ガーグレンはシグールドの弓矢を背負う。代わりにオークの刀を手に取った。 「命令系統の逆行は首を斬ってもよい」「上官に暴言を吐く罪は腕を切り落としてもよい」ガーグレンは痛みに動けぬガルーフの腕を刀で打つ。 「しかしどちらも許そう」将軍の刀の豪奢で堅固な鞘が、旗持ちの負傷をこのうえなく苛む。 「これでわが輩の借りが一点上回ったぞ。弓矢をあらためて差し出せ」 「何言ってやがる……」ガルーフはもううつむいた小さな声しか発せられなかった。 「なんだ、聞こえんな。オークが泣いているなら本当に叩き殺してやるからな」将軍は広い鼻を鳴らして笑った。素早く始まって終わった戦いに場内は静まり返っていたが、将軍に着いていくべく皆笑いを起こした。「はは……」食糧官のグロールも口を歪めた。 笑い声の中でガルーフは突如ふんぞりかえって退出した。彼は足早だったが、その身体の痛みは場の誰も想像がつかなかっただろう。隅っこに座らされている、弓矢の本来の持ち主に顔を向けることなく彼は出ていった。 「ガルーフの奴が飛び出してきたので様子を見に来た。傷がひどくなっていたようじゃが機嫌も悪化しとったんでな、ほっとくことにした。何か、あったんか? おっ、これは将軍」 神官のゲーリングが幕をめくって現れたのでガーグレンは状況について考えた。 「そろそろいくさの後始末をせんとな」 「はい、双方の戦士の亡骸を祀りましょう」 「アンデッドになられては困るからな」 「《負の力》は感ぜられませんがな。ここは見たまま平和な土地です」 「しかし慎重は期せねばなるまい。どんな手を使うかわからん敵だぞ」 「捜索は先程から進めておりますが進捗には予定より少々猶予をいただきたく……。その……我ら猪の子は慎重さを発揮することもできます」グルルフは諸将からの報告をまとめた。 「つまりエルフの伏兵と土地をみんなで怖がっているわけだ」ガーグレンの言葉に若き騎士は身体ごと恐縮した。 「ここは南方と甘く見ていましたがさすがにもう暗くなりますぞ。そうなったら元も子もありゃせんです」ゲーリングが忠言する。 「猪の子というならエルフが現れようが単に反撃すればよいこと!」ガーグレンは背中の分捕り品を素早く構えた。 「あ、それですよ」グロールはガーグレンの引き絞る弓矢を指さした。「略取を自由にさせるんです。そしたら黙っていてもみんなお片付けをしてくれますよ」 ガーグレンはやむなさそうにグロールの案を呑むと、自分の案を足す。 「そこにバラン様の炎を焚けば夜でも戦場の安全は約束されるな。分捕り品はもう一人いるんだ」 (まずい! 恐れてたことが)グロールはただ一人青くなった。 |
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