「グラックス……グラーックス!!」オークは《ロングソード》を刺し込んでから同胞の声に振り返った。 「や、やってしまった?」「やってない」グラックスは草と泥を傷つけた剣を引き抜く。グロールは広い鼻から溜め息をついた。 「勝負はついてた」巨躯のオークは意識の力を失ったエルフの少年の身体を一息に抱えあげた。 「ええと……」グロールは自分の身につけたもの、それから周辺を探した。敵の兵も引き揚げてしまったようだ。 「何も必要ない。もし目を覚ましたら首をひねってやればいい」 「はは……」グロールは笑ったというよりつぶやきを発した。 「バラン様のいけにえだろ?」「ええっと。それは将軍の思し召すことですよ」 「生け捕りにしろ、なんて聞いてなかったぞ。お前の考えだろ」 「うん……」グロールは部下がやって来るのを待った。 「だからいらない。暴れて汗をかいた。誰もひっついてくるな」グラックスは長剣と緑の大盾とエルフの少年をいっぺんにしょってのしのし歩く。泥につく足跡が一段深いのではないかと思わせる。 「この子…この人がいると、あっしらオークの出来ることが増えると思うんですよ。してはいけないことも生まれますがね」「すべては将軍の思し召しですからこんな話し方にしてるんですが、わかります?」グロールは容貌魁偉なグラックスの顔を見上げる。 「難しい話ならいい。どうせただの剣闘士さ」 「いやいや! 配属名簿に見かけた時は小躍りしたんですから! こっちが光栄ですよ!」 「普段はメルバに賭けてたんだろ?」 「メルバ? ああ、名字っすね。あの色の黒い人。……誰に賭けたなんて、そんな失礼なこといつ言ってしまったかなぁ?」 「みんな、普段本命に賭けてるから損してないと思い込んでる。ヒューマンなんかに賭けやがって」 「戦争前だったんだし、いいじゃないすか」グロールは頭をかいた。 「今回はヒューマンが味方らしいからもっといい、って言うつもりか?」グラックスはグロールを見下ろした。 「よう! 全然上手く言えないが、とにかく尊敬するぜ!! これだけ言おうと思ってた!」 本陣へ帰還するとガルーフが出迎えてきた。 「そいつ……」抱えられた捕虜を目にとめたようだ。「尊敬以上の言葉が見つからないな!!」 「あのう……どうしちゃったんです?」グロールは思わず言う。喜びようとは裏腹に、ガルーフは先程から奇妙な直立を見せている。両腕をだらんと下げて、地面を何度もうかがってはお辞儀しかけてやめる。 「信じてくれんかもしれんが、俺だって手柄を立てたぜ。エルフを撃退して将軍をお救い申し上げたんだが、後片づけしとけ、だとさ」 「エルフに向かって旗をぶん投げたんだとさ」そばにいる馬上の騎士が言った。 「なんて馬鹿な。腕が使えなくなるでしょうに。手伝ってあげたらいいじゃないですか……」グロールは地面に形なくしおれているブルグナの旗と、旗持ちのガルーフと、若き騎士のグルルフを見比べる。 「私は別に薄情じゃない! こいつが意地をはってるんだ」 「エルフの顔の脂がついてたら嫌じゃないか。呪われてるかもしれん。慎重にしてるだけさ」ガルーフは無事な両足を駆使してただうろうろしている。 「うっ!」 「どけ」 グラックスが捕虜を抱えて通っていった。ガルーフは転ぶ前に素早く手をついて、火がついたようにのたうち回りはじめた。 「あーあ」オークの陣に響き渡る悲鳴にグルルフは慨嘆する。 腕が内側からめくれあがるような痛みと熱。 その上に突然冷たい雨の塊が振りかけられた。 |
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