「く、崩れないで」 大盾を持ったまま起き上がれないのでは無意味だし、盾なしで起き上がるのも無意味だった。 オークのはらからが身を寄せ合って守らないといけないのに……。グロールの思考は乱れていく。 またオークの一角が姿勢を崩すのをシグールドは捉えた。《ショートソード》を普段よりさらに短く構えて若いエルフは草原の中を低く飛ぶ。 現実は予想の逆であった。オークは前のめりにこちらを目指していた、と気づいた時に結果は出ている。 「うあ!」シグールドは空中を運ばれる感覚を一瞬間味わい、恐怖と衝撃はそれから遅れてやって来た。 戦果を挙げすぎれば行動を読まれる。省みながら宙返りを行う。 (これだって繰り返しの繰り返しじゃないか……)エルフの紅顔に苦みが走った時、再びオークに遅れを取る。シグールドは今度は地面へ転がされた。 ここで立たなければ二度と立てない。シグールドの選ぶ道はもう一つしかない。たとえ体のどこが痛むのかわからないくらいの苦痛にさらされていても。 熱と痛みの塊みたいになった自分の頭を左右に振ってみれば、勇敢なエルフのはらからたちがすっかり劣勢になっている。 タウロスよりも勢い強いと錯覚させるほどのオークのせいか、エルフの隊長のせいか……。 シグールドは出陣前のあの暖かい手の感触にただ申し訳が立たない気持ちになる。心はすっかり真っ青だった。 「撤退! 全隊撤退! 弓もて牽制しつつ態勢を立て直し、退却!!」 「しめた! 我が隊は優勢なり、態勢を立て直しながら防御を固めて、進撃! 繰り返す、我が隊は優勢なり!! がんばろう!」 「オークは優勢! ヴォラー!!」 「そう! ヴォラー!」部下に応えて叫ぶとグロールの心は体ごと高揚感に包まれたみたいになった。 オークの気性を恃んで猛追撃を命じてもよかったが、未知の土地ということもあって確実に前線を上げていくことを選んだ。 このまま善戦を続けていれば援軍だって期待できる。 (たのんますよ、ガーグレン将軍) 「ああ、言ってるそばから」ブルガンディのシャーズ海軍基地の演習みたいに、すっ飛んでいく砲弾がひとつ。 「やっぱり闘技場の有名人は違うなぁ」先程も助けられたことだし、とシャーズたちの高級食堂の元給仕グロールは独走を許した。 「やばい、やばい、やばい」後方に控えし突撃兵はあたり構わず地団駄を踏んでいる。 「ロリちゃん落ち着いて」 「ナーダは誤射にさえ気をつけてくれたらいいの! まだか、まだか、まだか」 「集合完了。落ち着いて行きなさいよ」 「よーし!」ロリエーンはサーラの言葉を待ちかねて子馬に飛び乗る。「ロリちゃん出陣! 敵左翼を抑えシグちゃん隊を助けること」 「弓隊用意。敵左翼を抑えシグールドの退却を助けましょう」 参謀サーラは猛烈な違和感を覚えた。「馬と弓がどちらも敵の一部しか狙わないなんて! 誤射って、つまりナーダの矢にロリエーンを守らせようとしてるわけ!?」 「とつげえええき!!」ロリエーンはサーラの追及を馬蹄といななきと自分の大声でかき消し去っていった。 |
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