(あんまり楽しみじゃあないんだけどねぇ) グロールは闇を一人歩いた。 (聞こえるなよ……聞こえるなよ……聞こえるなよ……) 《反乱王グレード》が恐怖の対象になった。いざ耳に届いた時のことを思うと。心の臓は耐えられるだろうか? 静寂の闇には自分の鼓動がよく映える。規則正しくおぞましい飾りつけ。ザーグの景色もまた単調な恐怖の彩りを見せた。柱間にヒューマンの荷は見当たらなくなった。 (食材は入り口付近のものでおしまいかな?)その考えだって飽きるほど湧きでたのである。ただ歩いた。 (楽しいことを考えなきゃ)目前には包み込むような闇。 (かあちゃんのことでも)グロールが遥か北に残してきた妻。 (どんな顔してたっけ)怒鳴られる自分の姿のほうを想像した。あとはたっぷり太った美しい妻の体。 ジングは「ヒューマンのザーグ」を初めて訪れたオークとなる。ひとり闇を駆け抜けた後に見た二人の腕の立つ戦士は強き灯火そのものだと思った。 再び一人になれば次々覆いかぶさる闇はより重い。足を止めることはできない。弱められた心は歩む勇気をいつ失うかわからない。だから自分から――同じジングなのだが――きっかけを与えたくはなかった。孤独は詩人の心をくじく。 ただ、技術の染み込んだ自分の腕は知らぬ間に戦いの準備をしていた。利き手がリラの弦を鳴らさぬ一番良い場所で待っている。 旋律とは読んで字のごとく、曲目そのものであり効果を出すには時間を要する。奏で始めの判断が吟遊詩人の戦闘においては最も重要である。 殊にこの状況下ではジングの奏でる音が残りの二人の同胞の命運を直接揺さぶる。弦よりも繊細。 基本的なことを幾十回も思い返してみてジングは押しつぶされそうになっている。 (想像力が弱い心に変わっている) 危機を楽しんで詩吟の糧にする境地がどこにあろうか? ただのオークとして必死に前へ歩いた。 ひたひたとサーベルの鞘を床石に触らせてやっていた。ガルーフはヒューマンに追われたコボルトとノームのことを考えていた。本当に全てが討たれたのだろうか。 左右の闇に消えた盟友二人を余計に怯えさせないようにした。サーベルで床を探る響きはなるべく小さく、オークの眼力のまなこは大きく、足元をにらんで進む。 巡らせていた空想は曲がりくねってヒューマンの罠の話とくっついた。ヒューマンの狩人はここに落とし戸をこしらえていったかもしれない。グロールとジングは罠にかかったら悲鳴をしっかり上げてほしい。 闇の中に足音をひたすら響かせる作業はガルーフの頭を倦ませ、身体を疲労させた。彼は踵を返した。腹の虫の音は大きかったが笑いもしなかった。《反乱王グレード》を聞くことはなかった。 |
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