「神聖……いえアシャディの故事ですか?」7つの宝石を掌中に地の底のゾール神と対決したとされ、勝利ののち彼を廃して自らは皇帝に即位したという。ひたすら闇に降りる階段の場面は比喩としてヒューマンの詩にもよく引用される。吟遊詩人は取り囲む闇に重ささえ見た。 「そこからもっと時代が下ってですね、皇帝のお血筋の若殿がやっぱりゾールさんとぶつかってるんです。ブルガンディで耳に入れたことです。なんでも予言詩のとおりに動いたとか。エルフやお偉い予言者さまとパーティを組んだとか」 「まず静かにすることだな」前方の暗闇から声が生まれて、話すジングとグロールの耳を叩いてまわった。 二人の恐縮した声がガルーフに返るが、彼も低めた声で語りに加わる。「嘘と裏切りのヒューマン。楽しくてやっていることらしいな。呪われた血筋の哀れな奴等」一行の歩は進む。肩で切る通路の風は温度を低めてゆく。(柔らかな皮をかぶったデーモンに俺たちは負け続けている)ガルーフはあらぬことを考えた。過去の屈辱と未来への不安。通路はどこを向いても闇。 「グロールはこの先にゾールの大口が待ち受けていると言うんだな?」 「うーん……かも」不意を打たれたグロールの返事。 「いえ、まさか。ヒューマンの本尊が座っているかはともかく、降りた先に妙な気配はありませんでした。鼻にだって匂わなかった。目的の置かれた荷も不自然な風では」詩人ジングは五感をブルグナのためにと従軍していた。 「俺はコブラ退治をしたことがある。牙の毒のひと噛みで勝利を決める奴等だが、それが高く売れる。丁寧に調合すれば都合のいい麻痺毒ができるらしい。ヒューマンどもはもっといい品、毒とも限らないな、何か使って寝覚めを自由にできるのかもしれん」聞いたグロールが笑い声を出した。 「グロール、俺は怖がりの子供じゃないぞ。おまえの言うことを完全に信じるものか。ヒューマンの言いつけを守って寝ぼける神なんざ逆にお笑い種さ」 「そう、本当に子供向けの俗悪詩に多いです。ゾールの好物は貧しいオークだなんて。嘘を盛るのは詩作ではありません」 そしてグロールがまた自分の肩を抱いて、「やっぱりなにかが居ると思いますよね! けど、やっぱり勝手に死んでそうな気も……」暖を求めて体を揺する。 「ブルガンディは美しい建物と富の並ぶ平和な島なのでしょうね。大氷壁のアイスゴーレムやフォッグデーモンをお忘れになられた?」 「ありゃ、ジング殿に嫌味をぶつけられた。でもそいつら毒なんざ効いたかな?」グロールは兜をずらして中の頭をかいた。「ブルガンディねぇ。それを聞いて思ったんですけど、ヒューマンの荷、素直にいただくべきお品じゃないですかね。あ、怒らないで」珍しくガルーフが振り返ったのだ。 「それは真っ先に考えたさ。《仲良く》だとかたわけた文字があったんだろ」 「そうそう、その通り。あっしが引き揚げることになったのもオークを保護しよう〜〜だとかまるっきりおかしな騒ぎのせいですから」 ジングは一回噴き出した。「まさかでしょう、と言いたいですけど、しかし以前のケフル街道はそんな噂で満ちていましたね。私が指をさされる回数も増えました」あーやっぱり?とグロールが共感する。 「ヒューマンが悪魔の心を改めたわけじゃないようだな。特にグロールは迷惑をはっきりこうむった。思えばここにたどり着くまでに単に歩いていただけの俺さえもわけの分からん矛盾を何度も目にした気がする。なにか狂ってる。危険な空気の中でオークだけが素直な心を持つ。生き残りやすいか? それは」 「申し訳ねえです」 「それにお前、ゾールがいると言ったり仲良くしようと言ったり何なんだ……。お前が一番の矛盾だよ」 「グロール殿、思いつきを全て喋っても意外に点数は取れませんよ。それとも寒さを紛らわしてるので?」ジングは言葉を止め慌てて先頭のガルーフのほうを向いた。「……ヒューマンの毒にかかってしまったのはグロール殿?」 「いやいや熱もないし寒気もしませんから! うちの寝床の中で味わう大氷壁おろしに比べたら楽なもんで!」 「だから素直にはしゃぐな! お前らだけモンスターに食われてくれ」 (つづく) |
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