腹のひもじさが目覚ましになったのはよくあることだったが、背に敷かれた床のきめの細かさがガルーフを驚かせた。次に、部屋を覗き込んできたオークの士官が表情を変えてまっしぐらに歩いてきた。なにを質問しても罵倒の言葉しか返してこない。ひたすらに「お前はのろまである」と言いたいらしい。士官はまだいびきをかいていた不届きな新人を指導しガーグレン将軍の元へ引っ立てるという功績を立てた。 (妙なところらしい)しかし、ガルーフは色とりどりの豪勢な天幕の内側に多大な興味を持ち、理不尽さを受け止めてやってもいいと思うことにした。そして次にはガーグレンの鉄拳の受け方を考えた。旗持ちの仕事に差し支えないように。 空腹と頬の拳のあとが響いて初日に死すかと思われた。騎上のガーグレンに足を合わせて汗をかく。ガーグレンのもっと前にきらめく先触れどもの鎧を除けばこの将軍の司る隊の最先端なのである。 ガルーフが持たされることになったのは垂旗であった。太い竿の先端から縦長のブルグナの旗を下ろす形。左右の均衡を保つのが大事である。金糸の房で豪華に飾られているからか、めったやたらに重たい。風の機嫌を読み全身を使って旗を上手くねじ伏せて垂直に保つ。手と足と肩と腹を痛めなければならない。仕事量は多い。目的は旗を持ち運ぶだけ。 風を弱点にされたガルーフが聖旗の構造について彼なりにへりくだって将軍に質問すれば、「旗がしぼめば戦場で兵が迷うだろうが。……なるほどなどと抜かすな」と苛立つ声が返った。 一日で死なぬようにすぐ考えついたのは肩にもたせることだったが、それは傍らのガーグレンを大いに喜ばせた。馬上からの器用な蹴りが放たれた。不意を受けて思い切り地面によろめいた。「勇士の集う聖なる旗を汚した者、問答無く首を撥ねる」親切な哄笑を耳に聞いてガルーフは踏ん張る。 ガーグレン将軍の周囲の装飾品の一柱とされるにあたって、オークにしては整った軍服がガルーフにも下されていた。それと、汚いものを見る目と嘲笑のこびりついた口元。行進中、従来よりの取り巻き士官たちがこれ見よがしにひそひそ声を交わし指を差してくる。彼らからのお有難い情報を繋ぎあわせてみると前任の旗手は後方へ移送されたらしいことが分かった。(不幸な事故と言いながら大笑いするのだな)ガルーフは若くして凄腕の狩人であったが、獲物の反撃の思い出がよく頭に浮かぶようになった。 |
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