モンドールはもたれていた壁から背を離す。「では僕が勘定を済ませてくる。二人は速やかに宿を出てくれ」 「教団は僕のことを突き止めているかい? この女を止めに昨日この街に来ただけだがね」バクーダに向かって 話す。返事は聞かない。 「ふん。……くんくん」ディオシェリルは鼻を利かせた。 「香水のように思いましたか? 神殿に焚くものです」香器をバクーダはうやうやしく掲げていた。それを手提げ 袋にしまい込むと頭巾をかぶった。 「ならもらうのはやめるわ」ディオシェリルも頭巾をかぶり、黒い布地は赤髪を隠す。「いけませんよ。このような 乱世だからこそ、我々ヒューマンはゾール様に静かに対面する作法をわきまえなければ……」 「じゃあ」モンドールは部屋の二人の隠者をかばうようにして青年の細い身体は宿の中心の喧騒へ向かって いく。 他の客らは暖炉に照らされながら馬鹿騒ぎと無責任な噂に興じていて、それを仕事の目で冷ややかに見る 宿の主人がいる。 「ねえモンドール。思いついたのだけど、巡礼の一団を装うのはどう。バクーダを先頭にね」黒頭巾の女が話し かけてくる。 返事をする前に青年は頭巾と長衣をまとう二人の影法師を路地裏へ押し込むように連れて行く。「客は誰 もが公園の騒ぎにかまびすしかったが、そのぶん出ていく客に注目はしなかったようだ」彼は空を見上げる。都 の星のまたたきが目に入ったが、じきに彼のもつ髪のごとき空の色に変わるだろう。 「装ったりたばかるわけではありません。これから本当にゾール様のみもとに拝謁するのですから、堂々参りまし ょう」カーキ色の頭巾を深くかぶった姿が喋る。 「夜中だってのにずいぶんな人ごみ!」「待っててくれ」モンドールは女をなだめると行列に向かう斥候になっ た。 すぐ「割り込みだ!」と咎める声が上がったが、彼は逆にその者に事情を聞いたようで二人のもとへ戻ってく る。 「衛兵が城門に検問を設けたが馬で破った者が現れたそうだ。つまりたむろしている彼らは昼間から外に出た がっていた旅人や商人たちだ」「弱りましたな」 「ったく」「元はといえば全て君のしでかしたことだぞ」「……」ガイデンハイムの夜に苛立ちや自棄による大音声 が響き、あろうことか見世物芸人が商売を開いたり物売りらが練り歩く始末であった。 「メアリだよ! メアリがやったんだ!」「おれたちは下手人を知ってるぜ!」身なりの悪いヒューマンの少年た ち。行列の気を惹こうとがなっている。「いつかしでかすと思っていたぜ、大盗賊のメアリ!!」 「大盗賊メアリねえ」なんの気なしのディオシェリルの呟きを耳に入れた少年の一人が素早く走ってくる。 「おねえちゃんも気ぃつけたほうがいいよ。なんか買ってくれたら、どんな奴かもっとおしえてやる!」まだ舌の回 らない子供が青洟垂らしながら言うのだ。彼は一本の紐を片手から下げた。磨いてもいない雑多な品々が そこに結ばれていた。 「盗んだものを売ってんじゃないわよ。あんたたちの仲間の大盗賊が聞いたら呆れるでしょうよ」 「やすく売ってんだからいーだろ! きついおばさん!」 「ふーん。ぼくが先に死んでくれたらいいのにね」「やめないか……」連れの気性にモンドールは業を煮やした。 「ちきしょう! 魔女のばばあ!!」少年は駆け去るが、「あいてっ!!」文字通り飛び上がった。 「なるほど。よしよし」夜の中、魔女に向かってこうもりがまとわりつくようにやって来た。ディオシェリルはこうもりか ら自分の長衣に付けていたはずの装身具を受け取る。 女は手に取ったものを見つめてから眼を伏せる。その眼は現在のなにものも見ていないようにモンドールには 感じられた。 |
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