モンドールは、自らの膚が汗を吹き出す感触を味わっている。汗が通り抜けるごとに悪寒が身体をびりっと 走る。(単なる感情移入だ)と思おうとした。目の前の僧が苦しみ、あえぎ、目を血走らせて震えていた。ただ の女に首の骨を折られた神官が、自分の視野を再びまっすぐにしようとして苦行に取り組んでいるのだ。 女は見入っていた。妙なるものを眼に入れたがる視線だとモンドールは思った。色も形も燃える炎のような 女の赤い髪は今の彼のもう一つの恐怖としてゆらめいていた。魔術士ディオシェリルはバレル魔法学院の校 医だが、血や傷を愛するからだった。(自分の苛立ちをもって傷つけた相手を見下ろすのが格別なのだろう… …この女) 「はあ……はあ……世俗の者なら必ずゾール様に呼ばれるであろうこの苦痛……わたくしは超えている…… 格別だ……。はあ……はあ……」バクーダの首はあえぎつつようやく身体の上に据わった。 「ふん……。不死の術?」ディオシェリルの顔は機嫌の悪いものに戻っていた。 「はい……誰でも想像がつきますよね。《死すべき者たち》なら誰もが思い描く夢です。しかし手に入れたの はこのわたくしだけだ」「喉から息が漏れてるわね」僧の声の違和感をディオシェリルは聞きとがめた。 「ふふふふ。貴方がたの力を超え申し訳ありません。あなたの平手は身体になにかの力を得る術であったと推 察します」 「息が絶え絶えでどこの誰に勝てるというのかしら。ご法度のかどで晒し首か火あぶりになってみたら?」 「ご婦人、貴方はそうなさらないでしょう。大陸にただ一人の口を封じてどうなさいます」 「なら僕の番か。法度に触れないために目の前のアンデッドモンスターを片付けてやる。貴様がさっきグレムリ ンをやろうとしたように」モンドールが大仰に一歩踏み出す。(騒ぎになるが、隣の女を焚きつけられるともっとま ずい) 「身じろぎしたな。破戒僧め、僕らのことを本当に心得ているのか? 僕が次にお前をどうしてやるか想像が つくか? ほら、わかったような口を利け」 灰色の髪の青年は怒りを覆い隠すような笑みを浮かべていた。そして左手を開いてバクーダに突きつけた。 僧は近づく左手から目を離せなくなった。 「うっ!」モンドールは驚き振り返った。彼の右手から絵札をこぼれ落ちて、グレムリンが細やかな動きをして彼 から逃げていくのが見えた。 「かっかしないのよ、モンドール」グレムリンの主人は言う。「誰のせいだと」青年は左手の掻き傷から血を流 す。 「私は目が覚めたわ。帝都の城を打ち倒されるよりましだと思いなさい、あんた」 「そうです! わたくしはなにか平和に反することを持ちかけていますか? この豊穣と祝祭の神の徒が」バク ーダは死体の顔色を歪ませて笑顔にした。「男のかた、貴方はわたくしを悪口で呼びましたね。悲しいことで す。この街の教団こそゾールの教えを歪めて伝え聖都を退廃の地たらしめているのです。そして、貴方がた学 究の徒は誰も知らぬ外法こそ追い求める価値があると考えませぬか? お二人の漂わせる志だけはこの不 肖にもわかりますよ」 モンドールは僧のまくし立てる言葉を殊更に無視した。長々しいばかりで知識として無価値だと思った。「君 のしたいことは想像がつくんだよ、ディオシェリル」 「馬鹿にする? あの人はその身分がゆえに時間があるのよ。安置されている城を崩したりしないわ」赤い髪 の魔女は指で目の端をぬぐう。 モンドールはバクーダに向き直る。「貴様の言い分を聞いてやる。どれほど嘘を折り重ねているか楽しみだ」 |
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