「なるほど最後の秘境か」灰色の髪の下の顔は言う。「未だ文明化されぬ蛮国のさらに北の大氷壁。ゴブリ ンどものテイビルケも接しているがあそこは最盛を誇るシャーズの属国のようなもの。どの勢力からも面倒な辺 境なのでただ打ち捨てられていた北壁」 「まだ知られない術があるならそこだと……」赤髪の女は言う。顔は今やその髪のように気色ばんでいた。 「御名答が続きます!」バクーダは禿頭に繋がった表皮に笑みを作る。「貴方がたにお話を持ちかけて本当 に良かった。俗人ならば一笑に付してからわたくしを不届き者と呼んで衛兵に突き出し、斬首台へ送り込んだ でしょう。ご婦人、貴女の御髪は非常に美しくて目を惹くものです。どんなに隠れた逢瀬を続けても教団は 貴女を見知っていきましたよ。日に日にね」 (なぜいま余計な口を!)モンドールの肝に唐突に冷水を浴びせかけられた。傍らのディオシェリルの眼差しは 頬よりも赤い燃える炎のようになった。 射殺さんばかりの視線をもって僧としばし対峙し、「あんたと同じようにする。今すぐ船切符を取ってこの腐れ た街を抜け出すわ」と言った。 「ふむ……ひとっ飛びの魔術はお持ちではない?」 「正確な場所を教えてもらおうか」青年魔術士が答える。「わたくしの記憶と類推のみです」「そうね。わたした ちを不便にしておかないとあんたの立場と命が全部なくなっちゃうから」 「ポンペート山の地底から大氷壁の内奥へ飛ぶような、わたくしが体験したような術は無いのですね? では 箒は? よくお使いになってこの都へ来られたではありませんか。信じられないがおとぎ話のようだった、とよく報 告を受けましたよ」バクーダは女に舌打ちをさせた。 「知っていても乗れないでしょう。あんた、あんたが足手まといなのよ」 「それはそれは。しかし切符を取っても無駄でしょう。地底から再びあの地へゆけたなら貴方がたにいじめられ にここへやって来る必要はないです」 「あんた、二回目の船賃を無駄にしていたの」「なおさらポンペート山と大氷壁が繋がった理由がわからない な」 「啓示を下されたゾールの思し召しです。全ては神の試練なのです」 「『不足』と喋っていたのだから転移魔法の調子が良くなかったということじゃないかしら。魔力かなにかが足り なかったのよ。ブルガンディは飛ばして地中海を横断して向かいたいわね」(転移魔法? 存在するのか。な ぜ使わんのだ)バクーダの心に疑問が生まれる。 「うん。回状がまわっているはずだからな。種族の入り混じったあの島のことは警戒しているだろう。官憲と教団 の両方がね。だから僕は海路さえ取りたくない。メルド河なんて今まさに兵が集められているはずだ」 「ならケフルへ向かいましょう。同種族なのにキルギル・ゾラリアの勢力を嫌ってくれるヒューマンよ。西端のケフ ルならわざわざ中央のブルガンディへ寄って補給する船は少ないはず」 「なるほど……。では当面の目的はテイビルケですか? ブルグナは戦争状態ですから」 「ケフルだって迎え撃つ側さ。怪しまれるなよ、アンデッド」モンドールは土気色の肌の僧へ視線を注ぐ。 「そうですな。貴方がたも着の身着のままですから先立つものが入り用かと存じます。この夜半にね」 「そうね。多少無理をしないと」 この一室の真上の屋根に、二人の魔力を感じ取る者がいた。城塞都市に不釣り合いな猛禽は天つ七神 に感謝した。自らの魔力を気取られなかったことに。まだらな翼が夜空へ羽ばたいていく。ブルガンドとマーアム ルの二つの月光を浴びて。 しかしもう一人、三人の魔力を遠方で見極める者があった。 |
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