「いやいや、面妖なモンスターよ。退治できてよかった。《正当ナ理由ナク城塞内ニモンスターヲ引キ入レタル 者、法度ニテ斬首申シツケル》ですからな」禿頭の者は大袈裟に胸をなで下ろして笑顔を作った。作為の安 堵のために吐き出した溜め息が部屋に漂い、泊まり客の二人を不快な気持ちにさせた。 「あなた、知ったかぶって虚勢を張って、ずいぶんな気質ね。坊さんらしくなさい」 (挑発はやめてくれ、ディオシェリル)しかしモンドール自身も先方の身分と目的を知るべきと思っていた。公園 の事件から逃れ隠れていた自分らを訪問してきた者のことは。 「おお、そうですな。本分を忘れてはならぬものです。わたくしはバクーダ。この地でゾールにお仕えする神官で す」 「これはこれはお目にかかり光栄です」モンドールはヒューマンの国教徒を装って、借り切ったがらんどうの部屋 に招き入れなくてはいけなかった。「神官マンモン、ダイモン、カルモンの御三方の名は書生の身でも存じてお ります」目の前の者に探りを入れた。怪しむ中にモンドールには好奇心も生まれている。 「気を悪くしないで頂戴ね。偽の坊さんが詐欺を働くのはよくある話」 「いえ、よいのですよ」バクーダは女を睨みつけた青年を眺めながら言う。「わたくしは特進いたしましたからな。 今や三神官よりも高位なのです」 「嘘みたいね。お偉いさんが一人で、こそこそと歩くの?」 「急なことですからな。実を持たぬまま高みに昇るはゾール様の崇拝者としては恥ずべきですが……。それは 置いておき、本分を果たしましょう。このバクーダ、ヒューマンの大神に代わりて弔問に参りました」 モンドールは僧の言葉に心を引っ掴まれた気分になったが、それよりも後ろの方を振り返った。 そして燃え上がる双眸が自分の眼に飛び込んでくる。しどけなく垂れ下がる前髪が誰にでも不吉な印象を 与える女。 ともかく青年は前に向き直った。「失礼ながら、お門違いではありませんか」「そうね。あんた、青い城に行っ たら。行きなさいよ」 (まだ弔旗は上がっていないんだぞ!)モンドールは心中にディオシェリルを怒鳴った。この酒場に個室を取って 逃れるとともに客たちの様子を探ったものだったが、ガイデンハイムの兵のかまびすしい動きのほか、ゾール教 団の僧も街に出ていると聞こえた。 (しかしこちらの手の内を知るような人間がひとりで来るものだろうか)教団の小者を連れて踏み込んでくる か、あるいは先程述べた《ご法度》を用いて衛兵に捕らえさせ、教団の手柄とすれば良いのではないか? モンドールは、バクーダの背後の扉をばたんと閉めた。客とすれ違いざまに嫌な気配を鼻腔に感じた。 髪も髭も持たないバクーダの顔の皮がにやと歪む。 (招き入れたんじゃない、部屋の様子を外に聞かれたくないだけだ) 「どこまで。知っているの」「よせ」 「このわたくしは貴女が心の隅に隠していた不安そのものかもしれませんね。わたくしは無力ですが、有力なる 貴方がたにも成せないことが色々とお有りのようだ。どうして身を隠した逢瀬ができなかったのか、どうして凶刃 を防ぐことができなかったのか、どうして心を完全に奪えなかったのか……」 「よせ!!」 バクーダの首の骨は、ディオシェリルの平手打ちより大きな音を立てた。 「仕方ないじゃない、こんな奴……」(女は荒い息をつきながら言うのだ。魔力も揺らいでいる)連れの男は 思った。 「くそ」モンドールは始末をどうしたものかと高僧に駆け寄った。 「苦痛に耐えることが最も肝要です。おかしくなっては元も子もない」女に床へ叩きつけられたゾールの神官は 横たわりつつ言い放った。二人の魔術士の常識が覆される。 「ゾンビ!? これほど動けるなんて!」モンドールは改めて死臭が鼻腔に入る錯覚を得た。 「誰の使いなの。喋るなんて」ディオシェリルはアンデッドを叩いた自分の右手を左手で抑える。たおやかな女 の腕が硬直した死肉の反動を受けているのだろう。 「だから私は私の意志で独りやってきたのです。マンモン、ダイモン、カルモンは取るに足らない。ゾールに仕え お扶けするのはこの私だ」バクーダはなんなく立ち上がってから自らの首に手を添える。その手に力を込めて首 を直していった。先程の負傷に匹敵したおぞましい音が部屋にこだまする。 |
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