「へっ! よしてくれよ、もう怒られんのはこりごりなんだ」シャットは手を振る。 「ああ、そうだね、ノーラちゃんは可愛いよねぇ」真向かいに離れた席からティアラがじっと見てくる。 「なに言ってんだ。あんな怖い女」 「そうじゃない。いつも明るくって、ぼやぼやしていて、甘っちょろいところが可愛いって言ってんのさ」 「そうでもねえよ……。また斬り捨て御免だって騒がれたらおしまいなんだよ」シャットはティアラを少なからず驚 かせた。それに、まだ何か考えていると言っていた。シャットは自分も知らぬノーラの隠し玉をティアラから隠し た。 「なんだって。そりゃびっくりだ。ますますシャットちゃんを助けたくなったよ」 「ほんとかよ。おばさんはただノーラを出し抜きたいだけじゃないのか?」 「いやだね、だからシャットちゃんが中心だと言ったろう。迷ってるなら選択肢をあげるってことさ」 「迷うもなにもよ、北緯なんとかかんとかっての? オレは木の場所と洞窟の進み方をちゃんと教えられねえん だ。心得てるのはあの水兵なんだ。やつが急いで発ったのは調査するからかもしれねえ」 「自身を持ちなって。シャットちゃんがいつも獲っていたんだろう? 船の指図なんか適当にやりゃいいのさ。あ たしもいくらかかったって、何回水夫を潜らせたって構やしない」 「ふうん。なんだかオレ一人の問題じゃなさそうだな」 「あらら。張り切ると思って言ったんだけど、逆に値踏みされちまった」ティアラは煙管を取り出し火をつけた。閉 め切って揺れ動く馬車の中でゆうゆう煙をくゆらせた。 「オレもシャーズだからな」シャットはティアラを微笑ませた。 「大成するよきっと。そうだ、ゆうべはあたしの店に興味を持ってたじゃないか。大きくなったら雇ったげるよ。約 束じゃなくて巻物を作って取り交わそうじゃないか。どうだい」 「でかいおまけを付けてきたな……。でもさっきから回りくどい猫なで声を出さなくても、仲間にならなきゃブル ガンディに帰さねえぞ、とすごまない理由はなんだい」 「疑り深いね! おばちゃんは優しいんだ。……冗談だよ。単に訴えられたら負けるじゃないか。そこまではし ない、できないのさ」ティアラは話を続け、 「木の実だけどでかい鉱脈を掘り出したのは坊やだ。あたしは働き手を尊重するよ。貴族のお子様がシャット ちゃんの大事な宝石を落っことして、また父ちゃんに買ってもらえばいいやとへらへらしてたら、どうだね」 「オレの宝物か」「そうさ」「あーっ!!」シャットは閉め切られた前部の窓に張り付いた。主人に閉じられた窓 が少年の手を拒むのでシャットは大音声で呼ばわった。 「御者さん、止めてくれねえか!! 下りたいんだ!!」「な、なんだい、すぐ港だよ!」慌てたティアラが煙管 を消す。 「走って帰りてえんだ!!」「な……なんだって? いいよ、止めな!」二人のシャーズが制動する力に揺すぶ られた。 「悪いね、じゃあ!」「危ない、ちょい待ちな!!」 「もう止まってるよ! 達者でな!」馬車の静止を待ちきれずシャットは扉を開いてぴゃっと出ていった。 |
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