さくさくしてふわふわしていた。 (やつならまた下らない言葉を並べ立てそうだ) 品書きは読んだけどやはり想像がつかなかったので直接に料理を注文した。 《奥様》の顔利きだからお代は取らないわ、とシャーズの娘が器量のよい顔に怪訝さをかぶせて大真面目に 言うので、少年シャットは態度を大きくしてみてありきたりな朝食を用意させたのだった。 ジャムもバターもコーンスープも食パンを無限に口へ運ぶ手助けになっていた。(太っちまう)と思ってコーヒー をもって、たまらない食品たちと手を切ろうと試みれば、黒くて苦い汁に逆に吸い込まれそうになる。 再び気をしっかり保つべくシャットは朝の酒場のど真ん中を見る。 連れ合いの少女はやはりそこから動いていない。きらびやかな金の髪は陽射しの中では一層堂々たるもの であった。周囲に思い思いに着座している兵隊らにくらべると背丈がまだまだ足りないのがわかったが、人目を 引く女の子である。 (オレと同じお得意様だから誰も絡まねえのかな) まさかあの怖い顔をしているせいじゃあるまいとシャットは思った。 それだから少年は同席しなかったのである。もっとも、悪戯を仕掛けてやるどころかシャットよりとうに早く起き ていたようだ。 「なにしてやがんだよ」シャットはついに食事皿を持っていった。ノーラの卓には暗い色の酒瓶と透けた水瓶が 置かれていたが、どちらも封が切られていないのが見えてきた。少女が座る椅子の真向かいにもう一つ空い た席があるので少年は座る。 「だあってろ」ノーラは不機嫌なかおをしながら卓上に握りしめた拳を二つ乗せている。頭上の猫の耳まで主 人と同じ気持ちではためいている。(聞き耳を立ててやんのか?) 「旨すぎて毒みたいなんだよ。残りを食ってくれねえか」「失礼なやつだね! だあってろって言ったろ!」 「あっ『切り札』のことだけどさ!」ノーラはいきなり楽しげに小声で話しかけてきて、シャットが卓に乗せていた 自分の手に手を重ねてきた。興奮したシャーズ娘の体温が伝わってくる。 「あたい思いついたことがあるんだ!」 「なんだってんだ」 「時間がかかることだし、実現できるかもわかんないことだから言えないんだよ。あとはお前に期待させときたい からだ。あたいの切り札だよ、へへへ。ゆうべ思いついたんだ!」水兵の少女は牙を見せて笑う。(さっきのつら は悪いことのせいじゃないのかな) すっくとノーラは立ち上がる。「まあいいや! あたいの急用に免じて許してやる。ここでお別れだ、達者でや れよ!」 「うわっ! 本当に急だな」 「ふん、驚くくらい寂しいか? もう朝だ、お前のほうも船が出るぞ。おばちゃんに訊いたらすぐわかるよ」 水兵の少女は酒場を出ていく。と、すぐに後ろ歩きで戻ってくる。酒瓶をつかんだ。 「これは餞別! 口はつけてないからね。あたいらはお得意様だ、瓶ごともらってけ。あ、酒じゃないから心配 せず飲め。炭酸水でもないから」ノーラはまた素早く出ていった。 「待てよ! 待て待て!」ノーラは再び後ろ歩きで戻ってくる。「にゃんだよ。急ぐんだよっ!!」 「オレたちの商売はどうなるんだよっ!!」「ああ、あ、そっか! そんなこと心配すんなって。あたいから連絡を やるよ。シャルンホルストの家のノーラが名誉をかけてな。どうだい、安心したろ」 「その……親父さん? オレ、その人よく知らねえんだけど」 「ばっきゃろ!! お前、ほんとに尻尾が生えてんのか! 《ブルガンディ》紙くらい読んだらどうなんだい」 「よくわかんねえけど、周りがざわついてんのはわかったよ」「ありゃ。大声で喋ったのはまずかったかにゃ」 「あたいは逃げるぞ。お前もおばちゃんに話を聞いたらお逃げ。確か、あたいの船と反対側の港になるはずだ」 ノーラはぴゃっと駆け出し尻尾をはためかせて今度こそシャットの視界から小さくなっていった。 |
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