(うにゃあああ〜〜、なんじゃこりゃ〜〜) 聞こえてきた声に、言いたいことを言う気持ちは眠気にくるまれていた。 隣室から物を動かす気配がするのは予想通りだった。心遣いか意地か、それがいくら音を潜めようとしても 少年の普段の手習いの経験で否応なくわかる。 部屋から出ていって戸を叩き言いたいことを言ってやるか、布団の中でしばらくぶりの陸の安定感を楽しむ べきか、往くか往かざるかシャットはまどろみ迷っていたけれど、逆に自室の扉が叩かれた。 「乾杯しよう、乾杯」言葉の割に少女は憮然としていた。 ノーラはずかずかと部屋に上がり込んでくる。「ちぇっ。水着で寝てやがったのか。お行儀わりいの」 「着るもんがねえよ」 「大人の服が出てきたろうが」「面倒くせえや」 ノーラは机のろうそくを灯した。「悪いね、お前を唐突に帰すことになっちゃってさ。いつも成り行きまかせみた いで」 「まったくだろ」「ちぇっ」 「必死に大掃除したらその酒瓶が出てきたんでオレのご機嫌を取りに来たんだな」 「ちっちっ。じゃあこれもやるよ」ノーラが瓶のほかにもう一つ取り出したものがある。シャットは見るや色めき立 つ。 「本当かよ!! いや、こっちと同じ銀貨袋かもな。本当にもらっていいのかい」ノーラに飛びつくようにしてシャ ットは金貨袋を手にした。中身は充満して皮袋を破かんがばかりに外面を凸凹させていた。 「なあんだ。お菓子じゃねえかよ……」シーフの少年は素早く袋を開いていた。 「おつまみにちょうどいいだろ」机に広げられた皮袋の上に菓子の山ができている。ノーラは自分から食べた。 ぱりぱりと小気味よい音が夜の宿の一室に意外と響くので、シャットも同じようにしてみた。 「うめえ」少年の一声はノーラをにんまりと笑わせた。「ふふん」 「表面は様々な香辛料がまぶされて、舌でも割れるくらい絶妙な焼き上がりだ。中にはちょっとだけ固い実が 出迎えてくれて歯ごたえだけでも愉しめる。たぶんエサランバル製だな。エルフのお菓子だよ」 シャットはただむしゃむしゃと貴重な品を自分の口へ放り込んでゆく。 「ちぇっ。だから乾杯のおつまみだってのに!」 「さ、酒なんかやらねえよ。荒くれ者だらけだからって兵隊が許してくれると思ってんのか」 「うるさい! 飲め飲め!」ノーラは自分の部屋から持ってきた二つの杯を机に並べて酒瓶を傾けていく。杯 の中に泡が湧き上がって満たされる。 シャットは嫌な結果を思い浮かべたが、ノーラの顔色をうかがい杯に口をつけた。 「いて!」「はっはー、飲み慣れてないな?」 「というより、味がしないな。これ水かい!?」 「そうだよ。でももっとちゃんと味わえ。発泡水というのはお酒より作るのが難しいそうだ」 ぱりぱり。「このお菓子が辛いからただの水が休憩になって引き立ててくれるわけだ。しかも泡の辛みが味を 一層刻んでくれる。あたいの前の部屋の主は食通に違いないね」 「ははは」「ちぇっ、笑いやがって。後はお前にやるよ。おやすみ」ノーラは水と豆菓子に一瞥くれると自分の部 屋に引き上げていった。 (ちぇっ、驚かされてばかりだな)癪に障った少年は明日――というよりすぐ迎える朝――は奴より早く起きてな にかおどかしてやろうかとぼんやり考えるのだった。 少年の猫の耳にさっきから喧騒の音がひっきりなしに詰め込まれている。シャットはたまらず起き上がった。 眠った記憶はあるかなしか。 (そういや、奴が言ってたなぁ。店は朝からすぐ忙しくなるだろうって) |
|