「さてと」船頭は消えた。 少年が予期しなかったこのかどわかしのような旅行。また気まぐれに成り行きという船から下ろされてしまっ た。 (学校を何日休めたかな)まずシャットはいいことから考えた。次に美味しいものを再び摂った。この世で最も 苛烈な職のものたちのために作られた食事は未就労児の腹をやりすぎるくらい満足させた。 (またどうせ船旅だもんな)規則正しさなどなくひっきりなしに揺れ動く座り心地。それに腰を乗せ続けるだけで 非常な疲労が生まれた。 (一体どれくらい長くひっぱり回されたんだ)港町に生まれた少年だったが、自らの経験を超えるものを与えら れ癪であった。 シャットは卓のナイフを取って目の前の瓶の封を切った。(もちろんいただくぜ)色つきの瓶からとくとくと乳白 色の中身が杯にこぼれ落ちていく。とても強く甘い香りまでたゆたって少年は機嫌を良くした。 「べえっ! なんだこりゃ!」腐ってんのか、と騒ぎ立てそうになってシャットは黙った。つぐんだ口の中は飲み込 めるものではない甘さで充満していた。 すがるように開けたもう一本の瓶は透けた見かけ通りに真水が込められていて少年を助けた。 (酒じゃねえって言ってたのに、また担ぎやがった!)シャットは怒りのままに立ち上がり二本の瓶を手に収め た。本土で高値でさばかなくては気がすまなかった。人の飲むものではないが呑み助の好物なのだろう。 封は切ったがまだ細工は効く。背負い袋に割れぬようにしまう。シャットがものにした部屋の箪笥にあった装 備品である。 「あんたたちのご主人、どこだい」シャットは別の目上の者に頼り始めた。喧騒の中必死に動き回る店の者に 大声を出した。彼らは不作法な子供の位置づけをちゃんと心得ていて厨房の奥を指差した。シャットは直ち にそちらへ歩いていった。背後で店員たちが笑うか怒るかは気に留めない。 「おやぁ、シャットちゃん」店の主人ティアラは台所の隅でまかないを摂っていた。 「朝からずいぶん食うんだな」 「こんなところで食わされるんだ、せめて豪勢にやらないとね」色とりどりの料理が大皿にいくつも並んでいる。 でっぷり太ったシャーズの女性は食べるにも手間がかかりそうな魚介料理を素早く分解しては口に次々運ん でいる。 「どうだい、食べてきな。殻もでかいが身もたっぷりだ」シャットはどの料理を差しているのかわからなかった。 「いらねぇって。朝ごはんはちゃんともらったよ」 「じゃあ帰り道の案内だね。あたしはシャットちゃんを待って腹ごしらえしてたんだ」ティアラは惜しげもなく立ち上 がった。 彼女は壁の突上げ窓を開いた。「今から行くとちょうどよさそうだね」道端の日時計を見たようだ。シャットを 誘い店の外に出て店の者に馬車をよこさせた。 馬車の中はがらんどうで左右に腰掛けがあった。真ん中に荷を積み込むんだなとシャットは思った。シャット とティアラはそれぞれ真向かいに座った。 「……?」発車する前、前部の御者に通じる窓をティアラが閉めて自分の席に戻っていった。ひづめと車輪が 石畳の上を走り出す。 「さてと、そちら様の商いの要綱を確認しようじゃないか」「なんだよ?」 ティアラはにっこり笑う。「ただの確認だよ。エリアルの実を収穫したのは誰だい」 「もちろんオレさ」ティアラはまた笑った。 「ノーラちゃんは何をしてるんだい?」 「いい取り引き相手を見つけてやるってさ。仲介だろ」 「眼の前にもう見つかってるじゃないか? あたしが買い取る。これで終わってる話だろう?」馬車は少年を故 郷に導き疾走している。 |
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