「わかったわかった。買ってあげるよ。どこの海域だい」 「えーっ! そっそっち!?」ティアラがシャットに声をかけたのでノーラは色めき立った。 「当たり前じゃないか。その一粒も木もティアラさんが丸ごとお買い上げだ」主人はノーラを指差してきた。 「それとも、そんな木なんて本当はないのかい。さっきはシャルンホルストの旦那様に太鼓判を押させたのと同 じなんだよ」 「お説教やめてよ、んな馬鹿なこと!」「じゃああるんだね。買いたいといえば買えるものが」「うぬ……」 「当然、大人の相場で払うよ。一財産できるよ、良かったねえ」ティアラはノーラに構わず、そして少年に向か ってにっこり微笑んだ。 文字通り眼を丸くしたシャットの様子にノーラはたじろぐ。 「ノーラちゃんだって、また船遊びしてここへ来たんだろう? 港に着いたら必ずたんまり買い物をしないと命に かかわるってもんだ。たっぷりお手伝いしてやるよ」「う……」ノーラは黙り、ただティアラの眼を見つめ返した。獲 物にされる気分だった。命だけは取らない狩り。 「オ……オレ」「ちょ……ちょっと待て。落ち着けって」二人のシャーズっ子は見るからにじれた。 「シャットちゃんと話をしてるんだよ」「は、はい」「オレ、わかんねえよ……」 「いやいや、見つけたのはシャットちゃんだろう? 危ない目をくぐり抜けてその実を手にしたのもシャットちゃん だ。そして隣に立ってるのは本当のお姉ちゃんじゃない。本来ならきちんとした口を利いてお仕えしなきゃならな い大猫様だ。自分で考えて、自分で取り引きするのがシャーズっ子だ。自分で決められるのは今しかないよ」 (ちぇっ、自分をいい人みたいに!)少女は自分が悪者にされつつあると感じて憮然とする。 「そ、そうじゃねえよ。どこかなんてわかりゃしねぇんだ。泳ぎだせばちゃんとわかるんだけどな。地図を描けったっ て無理さ……」 「ほらぁ! ね! こいつは船乗りじゃないんだ、海図を描けったって無理にゃんだ!!」ノーラが割って入る。 「なんだ。じゃあ、調査の船を用立てないとね」 「いやいや! 子供はもう帰してやろうよ。おばちゃん言ってたね。本土行きの船が出るから売り子を交代させ てるって。シャットはどーすんだい? 親御さんをおっかながってなかったか」 「そ、そりゃあな」 「よーし決まりだ! 子供で民間人で平民で漁師のこの子の安全が第一なんでありますよ。そうでしょ!?」 水兵の少女は軍属の商人を部屋から追い出しにかかった。「そ、そうだけどね」背中を押されて、ティアラ。 「へへ、こんな時間には子供を寝かしつけてくれるのがほんとでしょ、おばちゃん。ふわぁ。くそ、本当に眠くなっ てきたぞ」 「じゃ、じゃあその実だけでも」「これだって品質保証してから! お客様のお手間は取らせませんよっ、調査も あたいらが責任をもってやっとくよ!」 一息にティアラを押し出すことに成功したノーラは部屋のシャットに向き直った。 「わ、悪いな。裏切りそうになったみたいで」 「あたいもお前も本音で喋っただけじゃんか。はは、財産にちっと心がゆらいだか? おばちゃんがそうまでして きたのはもっともっとふっかけられる証拠さ」ノーラは去った商人の腰かけていた椅子にどっかと座る。 「あらためてすげえんだな、それ」 「ん? ふふ、水ん中で息ができんだ、一個でもあったほうがいいに決まってる。特にここは海軍基地ときた」ノ ーラは再びエリアルの実を取り出し片手でもてあそんでいる。「これはとっとくべき切り札だ。あたいとお前の」 「切り札か……。切らないで我慢するのってつらそうだな」 「心配すんなって。ノーラさんにまかしとけ」 「そうか。姉ちゃんの路銀が平気そうならよかった」 「うぬ……。貴族は食わねど高楊枝ってやつだよ!」 |
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