「なんやけっきょく馬車にしたんか」 「ああ。考えてみたら色々と入用になってな」 ゴランはメアリと騎乗している。 「ええ馬やなぁ、ほんま」メアリはゴランの前に座っている。 「払下げの軍馬を手に入れられたのはいい」 「ほんますべすべやぁ」メアリは馬の首をなぜて機嫌を取っている。 「分かるのか?」「わかるはずないやん。今まではけとばされないかおっかながってただけや」 「まあいいか。馬の首に慣れておけばな。振り落とされて死なないようにしておけ」 「ほんま……ずっといやな予感しかさせへんな。ああ、うちからも提案あるわ」 「ほう?」 「そっちもちゃんと喋ってもらおか。なんや、こどもがかねづかいに口だすないうて。酒なんかこうてどないすんねん」「さすが都だ。色々あっという間に揃うのがいい」「したら《ポーション》を置いてかんでもよかったやん」 「そうかもしれん。なかなか上手くいかんな。あっという間といっても時間がどんどん過ぎていく」 「門の兵隊へのまいないにするつもりか? やつらの根性がくさってたらええけど」 そうこう話していると目的地に着く。 「やはり長蛇の列か」ゴランはこのヒューマンの都にやってきたほんの数日前と比較する。 「うわぁぁ、えらい警戒されとるやないか」メアリは小器用に馬の首と男の肩をつたっていく。ゴランは肩の傷がすっかり癒えたのを確認した。 「つかまって一巻のおわりか」メアリは馬車の幌の中に並ぶ酒樽と共に精一杯に身をこごめる。 「いや、そうでもない」「なにいうとんねん」メアリは自分の荷を見つけ手繰り寄せてしがみつく。 (アンジェリカと連れ立って外へ出た時と辺りの気配があまり変わっていない)仕事柄、意識をせずともこういう場はよく記憶に残るものだった。変化がない、と考えたのは兵たちの装備である。警戒を強めているように見せておらず、そして喪章をつけていなかった。 (アンジェリカの仕留めた男はこの都市に影響を及ぼす存在のはずだ)兵の人数は記憶より確実に多かったが、検分の時間がいや増しているから長蛇の列なのだった。 (あのディオシェリルという秘密の存在たち)深夜それに会うのもやはり秘密の行為だったのだろうと海の向こうからの暗殺者は判ずる。前途がほんの少し開けたと思い込んでゴランは思案した。背後でメアリが小さくせっつく声がする。 「おい、横入りするんじゃない」 「捕まるぞ!」 「捕まえろ!!」 様々な罵声が浴びせられる。ガイデンハイムの城門の列をなしているのは明るいうちに旅立ちたい商人が主で、大勢のヒューマンの他に東のガルテア王国へ帰還するドワーフ、北東のブルガンディ島へ向かうシャーズの姿も見られる。その長い長い列を客として周囲で雑多な商売を営む者たちもいる。 「ち、ちがいます、ちがいます。私じゃありません。狼藉者は後ろです!!」列を乱して駆けてきた者が叫んだ。並んでいた者たち、商売人たちは一斉に後方へ目をやった。そして兵たちは遠眼鏡を使う者、目配せする者、周囲を鎮めにかかる者に分かれる。 「ほ、ほんとうです!! 頭巾を深くかぶった怪しい男が、いきなり金をちらつかせて馬車を取り替えろと言ってきて! 私にも商売があるのに!」兵の一団が脚絆を鳴らして素早く後方へ走った。城門へ向かう列は強制的に止められはじめ、群衆の罵声は官憲に向きはじめた。 「ああ、な、なんてことだ。私の荷が!! 止めろ! 止めてくれ!!」午後の倦んだ空気は変わりつつある。 |
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