メアリが帰ってきた。彼女は後ろ手に扉を閉め、鉄の音をさせてから咳き込む。閉じられた蔵の中はほとんど光が差さなくなって、舞い散る埃たちがわずかに光を帯びて、そのかすかな所在を知らせてくるのだった。 「言うことをまるで聞かねえな」 「あほか、ゆだんして取りかこまれてたらどないすんねん。うちがせっかくてびきしてやった場所なんやから」 少女は奥の人物に声を発して口を押さえるが、またこんこんとした。「最近のうちはきたないものばかり縁があるなぁ」 「山の手は綺麗なものばかり、とはいかなかったようだな」ゴランは奥で胡座をかいていた。 「せやせや!」メアリは彼を指差した。「おっと」少女が奥へ踏み歩くと竹箒や塵取りやら、立てかけてあったものが倒れてくるので少女は次々押さえて戻しつつ進む。 「どこであろうが、綺麗にしてやる奴を用意してやらないとな。お前も働いてみたんだろ」 「やっぱりうちは向いとらんわ。ひとのために何かしたるのは。おっさんはええことをやったな。《ポーション》に人がむらがりはじめたで」「ほう? あの神官は取り返しに来ないか」 「このまんまさわぎになれば追手のあしはにぶるやろな。……それはええとして……」 「なんだ」 「……ほら、空をとぶあれはどうなんや。……あの美人がな」 「なんで敵を褒める。あの女はディオシェリルと言うようだ。そしてもう一人、仲間の男を見た。モンドールと呼ばれていた」 「ディオシェリル……」メアリは唇を真一文字に結んだ。奥のゴランは闇の中で視線を動かし、少女の顔を見つめた。 「奴らも秘密の存在らしかった。だから街中ではかえって襲ってこれまい。もう昼になってしまうか。ちっ」ゴランは痛みに耐えて首を動かし扉の隙間から漏れる陽光をうかがった。(あれは空を飛んでいたのではないと思うが、奴らに何ができて何ができないのか分かるわけがない。俺の考える通りであってほしいと思うだけだな。神にすがることもできん) 「なら、のりあい馬車でだっしゅつしたらええか」 「そりゃ駄目だ。俺は公園を騒がせた罪でまず衛兵に追われる身さ。これは少し考える必要がある」 「それ一番あかんやないか! しぬほど考えや!」 「分かった分かった」 「わかるより先にたすけてほしいもんや。あたまが良くて器用で器量良しのうちに何度もたすけてもらったくせに、一回くらいうちのことたすけてみいや」 「ならもっと俺を助けろ。早く塗れ」ゴランは諸肌を脱いでいた。 「おっさんの肌をさわりたいやつおるか?」「なら《ポーション》だけ触れ。器用にな」 「あほ……。うわあ」メアリはゴランに近寄って悲鳴を上げた。 「早く塗れ。傷の説明はいらん」ゴランはずっと口中の辛みに耐えていた。 |
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