ゴランは溜息をついた。腰を下ろす場所を探して裏門にさしかかる階段を目に入れた。段は想像したよりも低くて彼は屈みながらうめいた。 「なあ、手勢をひきいてもどってくるのがふつうちゃうんか」少女は立ったままで、大男を見下している。 「捕まえられると思って心配か? こっちこそ人質がいるんだ」 「こないなちっこいもんに、ご利益なんかあるんかいな」 「ずっと目を離せないくせに。頭が高いぜ」 「むう……」メアリはゴランの右手の輝きに吸い寄せられて、身体をかがめて顔を近づけてくる。 「よっこらせ。さいしょからおかしいんや。敵地のまんなかにきずをなおしてもらいにくるのんが」少女は背の包みをはずして男の隣りに腰かけた。「矢をいられておっこちたんやろ?」 「それで怪我をして死にかけているんだから、こうするしかないんだ」 「じぶんでしにかけてる言うなや」メアリは膝に乗せた包みをぽんぽん叩き形を整えた。 「俺はこの街の病院も道具屋も知らんのだ。だから鐘を頼りに救いを求めに来るのは普通だ。地元のお前が案内できたか? 俺が死んだらお前はひとたまりもなく捕まるぜ」 「うむう……」ガイデンハイムの下町の赤い髪の少女は山の手の空の下でアシャディ大金貨の輝きから目を離せない。 (こいつの髪は大金貨より目立つ)ゴランは、傷を意識することになっても痛みを感じぬので内心おののいている。 「だれか坊さんがひとりででてきたら抱きこもうとおっさんはいうとったっが、まさかゴブリンとはな」 「その点は運が良かった。もし失敗してゴブリンがヒューマンを率いてやって来たらお前をおぶって逃げてやるよ」 「頼りにならんわ」 「……ふう」隣でメアリがため息をつくのでゴランは彼女の向くほうを見た。ゾールの神像が飾られていた。 そこから二人は沈黙を始めた。朝を迎えた正門の喧噪が別世界のように感じられ、ゴランとメアリはヒューマンの神の視線にさらされながら短く長い時を過ごした。 (ひとりや!) (歩きだな) (歩幅がちいさい) (重たい足取り) (ひきずる音!) 二人は、期待通りの姿の人物を迎えた。 「ふう……ふう……。これで満足か」大きな行李を小さな身体に載せて現れたる救い主カルモン。 「おい」行李を指差したゴランに従い、メアリは自分の包みを素早く背に戻してからカルモンに向かった。 「おお、あるわあるわ!」カルモンの行李に身体の重みをかけながらメアリは弾んだ声を出す。 「し、静かに。早くせい」神官は大量の《ポーション》と大金貨の交換を求める。 「では、ゾール神に感謝を」ゴランは硬貨をはじいた。 「な、なんてことを!!」アシャディ大金貨はゾール神像の足元へ、足元の木組みの箱に入った。 「おお」メアリは弾き飛ばされたが、行李を打ち捨て賽銭箱に飛びついた神官の姿を見て快哉を上げる。 「重いが急ぐぞ」「えーっ」大金貨の行方しか頭になくなったゴブリンを尻目に、ヒューマン二人は大きな行李の前後に取りついた。 「なんや!? こっちはあかんやろ!!」正門のほうへ連れていかれるのでメアリは焦る。 「まだ見つかっていない。下ろせ」二人は行李を下ろした。神殿に食事を求める敬虔なる信者の列が長く並んでいる。 ゴランは懐をさぐる。「欲をかかずに、必要なぶんだけ取れ」 「はあ!? 長旅になるからこないせしめたんちゃうんか!」 「これ以上動けるか。あのカルモンとゾール信徒を困らせたいだけさ。これからは馬を一頭買って移動するつもりだ」ゴランは筆と紙を取り出し何事か書きつけている。 「まったく……。うちが賢くてよかったわあ」メアリはぶつぶつ言いながら自分の背負い袋に《ポーション》を詰めていく。ゴランは二瓶手に取った。 二人は去る。行李はあとに残され、たばさまれた紙にはこう書いてあった。 (困っている人たちに寄進いたします) |
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