メアリが声をかけてきた。「なあ、やっぱり休憩しとこ」 「そうだな」ゴランの返事を聞くと、メアリは上体をそらし寄りかかっていた大人の足からぴょんと離れる。すると首をかしげ始めた。 「き、きこえへんやろな」不安げに少女は振り返った。 (耳をふさぎたいんだな)荷袋で両手がふさがったままの少女をゴランは見やり、自身も背後のゾール教の天幕へ振り返った。「どうだろうな?」盗人の連れ込まれた聖なる宮。 「うわぁ。はよ行くで!」「大怪我するなよ」赤い髪に黒い長衣。両手をふさいだまま器用に遠ざかってゆく小さな背にゴランは声をかけた。 「なるほどアンジェリカを驚かすわけだ」ゴランの眺める天井には樹々が繁り宝物の実がなる。はるか真上の丘に植えられた木の根がここまで突き通り、このごく狭く陰にひそんだ崖っぷちをメアリの宝物庫としているのだ。 「おっさんに見せるつもりなかったんやけどな。お、こうしたらいけるやん」メアリは根の一つを選んで這い上がり、すでに挟み込み済みの麻袋に自分の手の荷をうまく加算した。 「これみんな俺がやった品か?」「ちゃうわ。恩きせがましいいい方しよる」 メアリは木や岩の突き出ていない土くれのところへ着地する。 「やり取りしたものくらいおぼえときや。今日のしごとのあいまにいろんなもんはこびこんだんや」「殆どごみかよ」 「しかしさっさと引きはらわんといかんようになった。ああ、このおかしなおっさんの方がましにおもうようになるとはな。うち、どんどん不幸になっとるんちゃうか」 メアリは地面に手拭きを敷いて腰を下ろしてから嘆いた。 「なんだ、ゾール教の追手が来るとでも思ってるのか」 (あほ!! ……ああ、うち、ばち当たりやろか?)メアリは内緒話の声になり、怒り、意気消沈した。 「気にすることもないだろう。あれは俺やお前よりおかしい」 「せやろ!? あのままおったらふたりとも何やらされるかわかったもんやない! だからうちが」 「お前は冷やかされただけさ」「ほんま、あないようさん野菜や肉を切らせてどないするつもりなんやろな。あほかっちゅう。しかし神官の行列もようさんおったな。みんなで豪勢なもん口にしとるんかもわからんな」 (マンモンが興味を抱いていたのは、俺だ。奴の言う通りだ。気を張っていれば弱い者の目は誤魔化せるが、ある程度の輩は逆に引き寄せる) 「なあ、俺はそんなに怪しいか」メアリは喋くるのをやめて目と口を嫌な形に歪めてきた。 「そうかそうか、よく分かった」(だいたい、こいつも金目当てで寄ってきたんだ) 「しかし、ほんまに追ってこないんやろな? あいつ、神通力でもつかえるんちゃうん」 「馬鹿言うな」(そういえばあのじいさんも勝手に寄ってきた)ゴランの脳裏は遠きブルガンディの不吉な老人を思い浮かべる。 「あいつの言った通り、俺たち二人は風来坊だ。だから存分に脅しをかけられたというだけさ。きっとヒューマンとオークが手を結んだことで焦りおかしなことを言い立ててるんだろう。ゾールをずいぶん、というより当然か。信奉しているわけで、ゾールは複雑な存在だがヒューマンの神には違いないからな」 「そらうちかて……。オークと手をくんだのはケフルのいなかもんやし、べつに気にせんでええのになぁ。あっちのおっさん、度をこしとる。なんやあぶないことをばんばん言うてたやん。一報いれたほうがええんちゃうか」 「一体なにを衛兵に告げるんだ? マンモンは具体的なことをなに一つ言ってない。そういうところは正気さ、奴。ただのありがたい説法だ」 「ほんま? ほっといて平気やろか。責任とる?」 「とらん。わざわざねずみ二匹の汚い血を浴びにやってくるとは思えんね。今はお前も盗人じゃないだろう?」メアリは口を閉じて歪めた。 「国教の僧正と正義感を気まぐれに起こして騒ぎ立てるねずみと、すぐ捕まえたくなるのはどっちかね」 その時闖入者が現れた。「ああ! やっぱりここか!」 |
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