「えっ、いきなりごほうびくれはるん」メアリの声は戸惑い、顔は笑みを作る。ゾール神官マンモンが彼女へ渡した蜂蜜色の四角な塊。手にすると少しずつ溶けるような感触を覚える。メアリは口を開けた。 「石鹸の匂いじゃないか」ゴランは神官の受付に収まったメアリに声をかける。 「あ、ああ。お料理のまえには手をあらわなあかんね」 メアリは手にしたものを確かめようとかざした。「えらいきちんと角ばって、彫り物までしとるやん……」 「ああ、はいはい! うち仕事ようできますよって」メアリは隣に立つ筋骨の神官の佇まいを察し、彼が視線を移した先に水瓶に見つけ、手を浸し石鹸を使っていった。 「ええなぁ」手の中で溶けていくものの感触と香りをひととき楽しんだ。 「では、これを切れ」「はいはい。うち《ダガー》とくいや!」 「あのぅ……。机のうえにのりきらんおもうんやけど」マンモンが指し示した野菜の麻袋は少女の予想よりも大きい。 「当然であろう。儀式の他に、帰ってくる神官の世話も必要だ」(ダイモンとやらのことか)とゴランは思う。「それに、外の行列どもを待たせておる。諦めて、のくか?」「へーい。はよします……」(追い出されたら行列たちの生贄になりそうだな) 「言っておくが武器で料理をするなよ、浮浪児。ばちを被らぬよう包丁を貸すのでありがたく思え」 「わあ。ええもんやなぁ」メアリは軽くしなやかな包丁を受け取って見惚れた。(さすがにここでは手をつけんだろうな)この少女は自分を売り込み自らがゾールの掌中に収まりたいのだ。 「あ、とんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとん。ええなぁやっぱり」 「山の下の賤民め、口を閉じてまかないできぬのか。臭いつばをゾールに献上したいか」「ぬぐぐ……。いや、うちがわるかったです」「口を閉じろと言ったのだが」メアリ、心の中でどんな悪態をついているかな、とゴランは想像した。 「はぁ……。あがりました」「なら次は肉だ」「おぉ……」メアリは新しく渡された包丁に興味を抱いたが声は小さい。肉は容器に詰め込まれており、量は先程の野菜に匹敵する。 メアリは小さくうめくと自身のローブの太い帯を直した。(昼をどれだけ過ぎたかな)ゴランは少し空腹を覚えた。 「我らの気持ちがゾール様に試されておる」マンモンは言う。「ゾール様に宴を楽しんでいただくのだ。子供、我らの神をどう思うか?」 「は、はい。えっと……えっと……す、すきや。好きです」「なぜ好きか」「お……おにぎりくれはるから。マンモンさんのこともえらい思います」 「お世辞はやめよ」「はっはい!」「我らのことはどうでもいいのだ。これはゾール様のご意志を体現しているに過ぎぬ。そう、偉大なのはゾールなのだ。光の子らはゾールと一戦して一勝したかもしれぬが、所詮は《死すべき者たち》のくびきより逃れられなかったのだ。しかしゾール様は解脱をなし得た不滅、今も天つ国におられるのだ。手を止めるでないわ!」 メアリは聞き惚れるような姿勢を慌ててやめると無言のまま包丁を動かしていった。肉を裂く脂っぽい音が天幕の中に続いていく。 「国は子供に恵みを垂れるかね」「え? くれへんからここへ来たんやけど」 「そうだ、その通りだ! 国が規範を示さぬから我らが成り代わらねばならぬのだ。少女よ、刀もて光の子らに立ち向かった神の如くあれ!」メアリは言われるまま音を立てて肉を切る。「そして貴殿はどう思うかね。このガイデンハイムの有様を」 「俺かい」神官の言葉の意図はゴランには測りかねる、というより取り合いたくない。メアリに預けられた信徒の衣装はそろそろ重い。 当の少女に目をやれば怖い顔してこちらを睨んでいた。 (気に入られるような返事をせえ、ってか) |
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